はあわれまれているとは気付かない。そして行動だけで妻にこたえる。その日は、階上と階下別々に寐た。建介は、南原杉子の言葉を思い返してみた。彼女は、彼が妻を愛しているのだと云い、妻も本当は彼を愛しているのだ、と云ったのだ。建介は自分に問う。
 ――俺は、ワイフが世間体に俺のワイフであってくれさえすれば安心なんだ――
 そして、寐返りをうつともう眠っていた。

     八

 待合せの時間よりも二十分も前に、南原杉子はカレワラにあらわれていた。蓬莱建介を待つのである。蓬莱和子は、御客の一人と親密に話をしていたが、南原杉子の方に朗かな声をかけた。
「お杉。まあまあ今日は、すっかりかわった感じね」
 南原杉子は、髪毛を派手にカールして、その上、御化粧もくっきりあざやかにほどこしていた。いつもの直線的な洋服ではなく、衿もとにこまかい刺しゅうのある絹のブラウス。そして、プリーツのこまかいサモンピンクのスカート。手には赤いハンドバッグ。白い手袋の下からちらつく、赤いマニキュア。
「先達ては御主人様に御馳走になりましたのよ」
「そうですってね。お杉、おいそがしいでしょうけど、ちょっとあれと遊んでやって
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