来た。彼女は美顔術をほどこしている最中であることをわすれはじめた。
「よしよし、じゃあ賭けよう、何がいい」
「そうね、あなたに背広つくってあげるわ」
 彼女は、美顔術を中途でよさなければと、鏡をみかえって、あわてて手拭いで顔をふいた。
「じゃあ、お前は何がほしいんだ」
「真珠のネックレース。チョーカがいいの」
「浮気させてもらって、背広をもらう、しめしめだ」
「浮気出来なくて、真珠をかわされるあなたは、ちっとかわいそうだこと。あら、だけど証拠はどうするの」
「浮気したらしたと云うさ」
「あなたの言葉を信用しましょうか、いえ、私、お杉をみればすぐわかるわ、よろしい」

 蓬莱和子は万年床である。その敷布はうすぐろく、かけぶとんのいたるところにほころびがある。そういった彼女を、ひどく建介はきらっていたが、彼はもう何も云はない。家の中は不潔で、台所の鍋の中は、一週間も同じものがはいったままになっている。夫婦生活の倦怠は家の中に充満している。建介は自分の部屋だけ自分で片づけていた。ベッドを一台もちこんでいる。時々、和子は建介の部屋へ来る。彼女は夫を少しあわれんでみることがあるようだ。しかし、夫
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