だ。
「阿難、僕は阿難にはっきり云うことがあるのだ」
「なあに」
「蓬莱和子のことだ。僕と彼女は何でもない。一昔たった一度の交渉があったきりなのだ。僕はひどく酔っていた。それまでのこと」
阿難ははっとした。けれど南原杉子は知っていたことなのだ。南原杉子は阿難にうなずかせた。
「云わずに済むことだ。しかし、僕は打明けておきたかったのだ」
仁科六郎は、蓬莱和子と阿難(本当は南原杉子なのだが)との親密さが不気味であり、蓬莱和子がそのことを打ち明けているのじゃないかと戸惑ったのだ。だから、例の、頬をはられた事件までつぶさに語ったのだ。南原杉子は、仁科六郎を頬笑ましい男だと思った。そして、蓬莱和子を少し見降した。阿難はひとみをかがやかせた。
「うれしいわ、何でもかくさずにおっしゃって頂いた方が、阿難の愛は少しも変りません」
「阿難は蓬莱女史をどう思っているの」
「きれいな人だと思うだけよ。でも真実うりますには閉口。あなたと親しいつきあいらしいので、それはあんまりいい気持じゃなかったわ。でもね。阿難は、こう解釈するの、阿難とあなたの出会いより、あなたと彼女の出会いの方がさきだとみとめなければな
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