の」
「御目に掛れば嫉妬するでしょう。阿難はにくむかも知れません。でも、今は、あなたの奥様、幸せな方だと思うわ」
「幸せ? だが僕は妻を愛しちゃいないんだよ」
「でも、奥様は愛されていると思ってらっしゃるでしょう」
「夫の義務は行っているからね。僕は妻をいつわっていることになる。みえない部分ではね。仕方ないことだ。苦痛。だが苦痛よりも阿難とのよろこびの方が大きいのだ」
「一番幸せなのは阿難です」
阿難は二度その言葉を口にした。それは仁科六郎に大きな満足をあたえたのだ。阿難は、仁科六郎の頬に強く頬を押しあてた。
――阿難、どうして結婚して下さいと仁科六郎にたのまないの。出来ない。南原杉子。南原杉子は、仁科六郎と結婚したいとのぞまない。毎日の生活、習慣になった愛情の表現。それは退屈であきあきするに違いない。そればかりではない。自分の感覚をすりへらしてゆかねばならない。妥協はもっとも嫌悪するところの行動なのだ。南原杉子は、世の多くの女性を不幸だと思い嘲笑もしている。仁科六郎の妻に対してもだ。ああ、蓬莱和子。彼女は、彼女と彼女の夫との状態はどうなんだろう――
南原杉子はふと笑いを洩したの
前へ
次へ
全94ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久坂 葉子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング