りに来ている人は勝手に隅っこで練習している。最初、クイックステップを二三回踊り、脚を楽にさせておいて、エキジヴィションのタンゴにかかった。五時半まで彼女は踊りつづけた。その間、阿難の片鱗すらない。

「阿難、一体何を考えているの」
 仁科六郎は遂にたずねた。疑惑や好奇からではなく、又この女の実体をつかんでやれと云うのでもない。唯、理解したかったのだ。
「阿難はあなたのことを考えているの。考えていると云うよりおもいつめているの」
 実際、阿難の云うことは真実であった。然し、南原杉子は、そういった阿難を傍観しているに違いない。仁科六郎は阿難と南原杉子を混然一体として考えている。
「阿難、僕が若し妻と別れて、阿難と結婚しようとしたら」
 仁科六郎にその勇気はない。だが彼は阿難を理解する手段に始めて彼らしからぬ質問をしたのだ。それを南原杉子はみぬいていた。だが、阿難は答えたのだ。
「うれしいわ」
「じゃあ、阿難、いつか結婚しないなんていったこと嘘?」
「こんなにあなたを愛するとは思っていなかったの。阿難は始めて世の中に愛する人を発見したの」
「じゃあ、僕に接している一人の女性、僕の妻をどう思う
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