けた。
「水の反映」透明で、しかもかたくない。露がころがってゆくような、そして、音にふれたいような欲望を起させる。
「阿難、素晴しい人だ」
 仁科六郎は、弾き終った彼女の背後にちかづいた。
「阿難もよくひけたと思うの、だけどほめられて嬉しい」
 斜めに首をまわした阿難の頬は紅潮していた。
「阿難」
 仁科六郎は両手で阿難の肩を抱いた。阿難はしばらく酔っていた。だが、南原杉子にもどった。ダンスのレッスンがもうじきはじまるのだ。二人は外へ出た。六時に会う約束をして別れた。会う場所は、別れた角の喫茶店。常に同じ場所で会うことをお互に拒んだ。仁科六郎は人目がうるさいから。
 阿難はいつも新しい印象を与えられたり又与えたくもあったからだ。決った場所。決った時間。決った曜日。それは陳腐で倦怠の連続だから。
 南原杉子はいそぎ足でカレワラへゆき、荷物を受取って(蓬莱和子は不在であった)レッスン場に戻った。五月後にタンゴのコンテストがある。彼女は競演するつもりでドレスをこしらえたのだ。荷物をあずけ、靴をはきかえて彼女はパートナーと練習をはじめた。すでに赤羽先生である。五日間は教授休業である。三四組、踊
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