らないと思うの、それだけ」
二人が駅で別れた時、雨が降り出した。二人は今日になって始めて、愛だとか愛にまつわりついたことを喋り合ったのである。南原杉子はそのことをあまり快く思わなかった。彼女は言葉が不便なものだと思っている。言葉を信じない。行動もまた信じない。愛だとか恋に対して彼女は、相手の肉体の存在がなければなりたたないと思っている。
――阿難、恋のために悩み、苦しむことは凡そ馬鹿げているのじゃなくて、私は、阿難に恋をしろとすすめたのだけど。私は、すべて信じないという信条より、一切の嫉妬や焦燥、苦悩を否定することが出来るのよ。だって、一体自分に対して自分をどれ程にも信じていないのだから。私は、南原杉子は、享楽と虚無とそして個人主義に徹底しているのかも知れないわね――
南原杉子は、阿難に云いきかせはじめた。
――へへえ、阿難は恋するの、どこまでも仁科六郎を。そして悩むの、悩んでいるのよ。あの人とのこと、悲劇に終るように思うけれど、阿難はひたむきよ――
――阿難の部分がひろがってゆくのね。阿難の悩みが重荷になってゆくのね。もっともっと悩むとすれば、もっともっと恋こがれてゆけば
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