蓬莱和子は、南原杉子を少し憎みはじめた。南原杉子は、度々カレワラに現れるのだが、仁科六郎のことには一言もふれないのである。そして又、仁科六郎も蓬莱和子に沈黙。
「その包み何だい」
建介は大きな箱の風呂敷包がまだ放り出してあることが気になった。
「何だっていいいわよ」
蓬莱和子は、乱暴にそれを奥の部屋へ持ちはこぶと、すぐピアノの蓋をあけた。ピアノの音は間違いだらけだし、声はヒステリックにわめいている。
――案外、妻のいいところが発見出来たものだ――
夫は苦笑しながらカレワラを出た。
南原杉子は、午後の鋪道をいそいで歩いていた。楽譜屋から、レッスン場へむかっている。新しく輸入されたフランクの楽譜を買ったので早速ひこうとしている。彼女は歩いている時、あちこちみてはいない。正しい歩調で、まっすぐ前を凝視しているが、もう無意識のうちに、そのポーズが身についていて、頭の中では種々考えているわけだ。
――あの人に四日も会っていないのだわ。私は不安。阿難が不安なのだ。さみしがっている。蓬莱和子と昨日一しょなのだ――
彼女は、放送会社の方へ歩く方針をかえた。その時、後から肩をたたかれた
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