であり、珈琲は大して美味しいとは思わなかったが、店の人が商売人くさくないことと、川を眺めるたのしみとで、彼女は度々やって来ていた。カレワラという名前も少しは気にいっていたのかも知れない。
「お水をもう一杯ください」
 からのコップをもちあげて、スタンドの方へ声をかけた彼女は、その時どやどや二三人の客がはいって来るのに目をとめた。
「お疲れでしたでしょう。さあどうぞ。奥の御部屋でしばらく御休みくださって」
「あ、どうも」
「蓬莱さん、相変らずカレワラは森閑としてますね」
「そうなのよ。商売に馴れない者は駄目ですわね。でも私よろしいの、此処は御稽古にもって来いの場所なんですもの」
 その間に、水のはいったコップが南原杉子の前のテーブルにおかれた。
 客は正確に云えば二人なのだ。一人はここのマダムであること位、南原杉子もうすうすわかっていた。さて、年とっているのに見事、髪毛をちらかせて、でっぷりとふとった婦人。蓬莱とよばれたマダムのサーヴィスぶりに、悠然とこたえながら奥へゆく途中、ちらりと南原杉子の方をみた。南原杉子も彼女をみあげた。リード歌手谷山女史である。何度か会見したことがあるのだが、
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