会社の広告部の嘱託となった。彼女の仕事は民間放送に関するすべてである。まだ一カ月にならないが、彼女は関西のなまぬるいお湯の中に、東京の、いや南原杉子のにえたぎった血を流しこみはじめた。会社重役も、放送会社の関係者も、出演者も、南原杉子の驚異的な仕事ぶりに唖然とした。南原女史、彼女はしかし決してえばってはいない。親密に、無邪気に、大様に人々を接近させ、包容し、安心させる術を十分心得ている。
 南原杉子の生活力の旺盛さ。それは、誰でも知っているところである。今更、彼女の、生活のための生活をさぐったところで大した興味はないわけだ。

     二

 街の真中に川が流れているのは、いくら汚濁の水といえどもいいものである。近代的な高層建築や、欄干のある料理屋などが、少しも統一されていないまま水にうつる。ガス燈でもつきそうな橋近くに、「カレワラ」のガラス窓がみえる。やはり川に面していて入口は電車通り。喫茶店ではあるが、御客がやって来ても注文ききなどしない。
 南原杉子は隅の小さな丸テーブルの前で、さっきからかきものをしている。まるっきり知らない大阪へやって来て、最初あてずっぽうにはいった店が此処
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