感した。
駅でわかれる時、ふと何か云いたげな素振りをしたが口つぐみ、さっさとふりむきもせずに立去った仁科六郎の後頭部のあたりに、何かつめたさを発見し非常にひきつけられた南原杉子は、電車に乗ってから、瞬間、それがかえってさみしい思いにかわった。そしてあらためて、今日の出来事を思い浮べてみた。
昨日の今日である。昨日、カレワラへゆき蓬莱女史に会い、その帰りに快感を得て、今日、仁科六郎に今までとちがった感情で会ったのだ。
「今日は私がおそばをさそうわ」
「ゆきましょう」
そば屋で二時間話をした。大部分が放送の話である。放送は一つの芸術だと仁科六郎は力説した。彼は又、演出がいかなるものか語った。
「小説家は何枚かいてもいいんだし、絵かきはどんな大きさの絵をかいてもいいんだし、映画も演劇も、時間に制限ないのに、放送は時間に制限があるのね。何秒までも。私ぞっとしちゃうわ」
彼は、時間の制限内に於いて、最も有効に一秒一砂うずめてゆくことが、むずかしいのだし、大切なんだ、と答えた。仕事の話では、お互に自分自身を披露しない。
「のみませんか」
今度は仁科六郎が誘う。
「では、五時に、約二時間
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