て、たか子の顔をみた。
「ね、幸せそうでしょう」
 仁科六郎は、その言葉を率直にうけとることが出来なかった。
「気の毒だと思っているよ。仕事が仕事で、帰りはおそいし、酒はのむし、月給はすくないしね」
 彼は、そしてたか子の顔から視線をはずした。
「そんなこと。私は大事よ、あなたが」
 仁科六郎は、甘える気持でたか子の手をつねった。
「腹がへったから、何か食べさせて」
 たか子が台所へたった後、仁科六郎は阿難のことを又考えはじめていた。一分もしたろうか、彼は、両手をくみあわせて、自分の内部に発見されたことに驚いた。
 ――ゆるしてくれ、と僕は阿難に云っているのだ。たか子へ愛情がないとは云え、夫婦生活をおくっているのだ。それを僕は阿難にすまないと思っている。たか子に、ゆるしてくれとは思っていない――

 南原杉子は受話器を降した。仁科六郎はまだ休んでいる。会社の机の前の椅子にこしかけて、煙草を吸いながら、彼女の表面に現れた阿難を煙でかくそうとした。その時、別の卓上の電話が鳴った
「南原さん、御電話です」
 彼女は、紙片と鉛筆をもって、その電話にちかづく。
「もしもし、南原でございます」
「もしもし、蓬莱建介でございます」
「なんだ、あなたなの」
「どうして電話くれない?」
「あなただってくれない。待っていたのよ」
「きょう、きみの生活に、少し割こむ余地があるかい」
「ある。ガラアキ」
「六時」
「カレワラで」
「駄目、梅田のね、そら新しいビルの地下で」
「わかった」
 南原杉子はガチャリと受話器をかけた。阿難が、いたましいさけび声をあげた。

「不思議だね。僕が今迄抱いていた女性観がくつがえされそうな気がして来た」
 蓬莱建介は、南原杉子を、たった二時間だけの相手に出来なくなって来たようだ。今迄のように、二時間後に、これでしまいと決め、次はさらりとした気持で新しい女に自分をむかわせる。そして、又偶然別れた女に出会えば、出会った時に新鮮になれる。ところが南原杉子の一夜の後、彼女を、他の女性のように、簡単に処理出来なくなった。
「あなたは、スポットガールを何故私に会わせたのでしょうね」
 しばらく笑っていた南原杉子が突然話題を転じた。
「深い意味はないがね」
「そう、それなら、スポットガールのこと私忘れてしまうわね。ちょっと煩雑すぎて来たから」
「何が」
 南原杉子は答えな
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