ももういなくなっていた。船頭はやっと船底からはい出して来て、舟を漕いで北に向った。強い風が逆に吹きだしたので舟は進まなかった。と、その時不意に水の中から鉄錨《てつびょう》が浮いて出た。船頭は狼狽《ろうばい》しだした。
「毛将軍がお出でましになった。」
附近を往来していた舟の乗客は皆船底につッぷしてしまった。間もなく水の中に一本の木が立っていて、それが揺れ動いているのが見えた。客も船頭も色を失った。
「南将軍がまたお出ましになったぞ。」
波が急に湧きたって来て、その波頭が空の陽をかくすように見えた。舳先《へさき》を並べていたたくさんの舟はみるみる漂わされて別れ別れになった。柳の舟では柳が界方をさしあげて危坐していたので、山のような波も舟に近くなると消えてしまった。そこで柳は無事に故郷へ帰ることができたが、いつも人に向って舟の中の不思議なことを話して、そしてそれにつけ加えていった。
「舟の中の女は、はっきりとその顔は見なかったが、裙《もすそ》の下の二本の足は、人間の世にはないものだったよ。」
後に柳は事情があって武昌《ぶしょう》にいった。その時|崔《さい》という老婆が水晶の界方を一つ
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