と返辞をした。そこで二人の坐が定まったので、王が精しく自分の家柄を話した。すると老婆が、
「お前さんの母方のお祖父《じい》さんは、呉という姓じゃなかったかね。」
といった。そこで王が、
「そうです。」
というと、老婆は驚いた。
「では、お前さんは、私の甥《おい》だ。お母さんは私の妹だ。しょっちゅう貧乏しているうえに、男手がないから、ついつい往来もしなかったが、甥がこんなに大きくなってるのに、まだ知らなかったとは、どうしたことかなあ。」
王はいった。
「私がここへ来たのは、姨《おば》さんを見舞いに来たのですよ。ついあわてたものですから、苗字を忘れたのですよ。」
老婆はいった。
「私の苗字は秦《しん》だよ。ついぞ子供はなかったが、妾《めかけ》にできた小さな子供があって、その母親が他へ嫁にいったものだから、私が育てているが、それほど馬鹿でないよ。だが躾《しつけ》がたりないでね、気楽で悲しいというようなことは知らないよ。今、すぐここへ来させて逢わせるがね。」
間もなく婢が飯を持って来た。肥った鶏の雛などをつけてあった。老婆は王に、
「何もないがおあがりよ。」
といって勧めた。王がいうままに膳について食べてしまうと、婢が来て跡始末をした。老婆はその婢にいった。
「寧子を呼んでお出で。」
「はい。」
婢が出ていってからやや暫くして、戸外《そと》でひそかに笑う声がした。すると老婆は、
「嬰寧《えいねい》、お前の姨《おば》さんの家の兄さんがここにいるよ。」
といった。戸外では一層笑いだした。それは婢が女を伴《つ》れにいっているところであった。婢は女を推《お》し入れるようにして伴れて来た。女は口に袖を当ててその笑いを遏《と》めようとしていたが遏まらなかった。老婆はちょと睨《にら》んで、
「お客さんがあるじゃないかね。これ、これ、それはなんということだよ。」
といった。女はやっと笑いをこらえて立った。王はそれにお辞儀をした。老婆は女に向っていった。
「これは王さんといって、お前の姨さんの子供だよ。一家の人も知らずにいて、人さまを笑うということがありますか。」
王は老婆に、
「この方はおいくつです。」
と女の年を問うた。老婆にはそれが解らなかったので、王はまた繰りかえした。すると女がまた笑いだして顔をあげることができなかった。老婆は王に向っていった。
「私の躾がたりないといったのは、それだよ。年はもう十六だのに、まるで、嬰児《あかんぼ》のようだよ。」
王はいった。
「私より一つ妹ですね。」
老婆はいった。
「おお、お前さんは、もう十七か。お歳になるのだね。」
王はうなずいた。
「そうですよ。」
老婆が訊いた。
「お前さんのお嫁さんは、何という人だね。」
「まだありませんよ。」
「お前さんのような才貌《きりょう》で、なぜ十七になるまでお嫁さんをもらわないね。嬰寧もまだ約束もないし、まことに良い似合だが、惜しいことには身内という、かかわりがあるね。」
王は何もいわずに嬰寧をじっと見ていて、他へ眼をやる暇がなかった。婢は女に向って小声で囁《ささや》いた。
「眼がきょろきょろしていますから、まだ盗賊《どろぼう》がやまないでしょう。」
女はまた笑いながら娘を見かえって、
「花桃が咲いたか咲かないか、見て来ようよ。」
といって、急いで起ち、袖を口に当てながら、刻み足で歩いていった。そして門の外へ出たかと思うと崩れるように大声を出して笑った。老婆も体を起して、婢を呼んで王のために夜具の仕度をさしながら王にいった。
「お前さん、ここへ来るのは容易でないから、来たからにゃ、三日や五日は逗留《とうりゅう》していくがいいよ、ゆっくりお前さんを送ってあげるから。もし欝陶《うっとう》しいのが嫌でなけりゃ、家の後には庭がある。気ばらしをするがいいよ。書物もあるから読むがいい。」
翌日になって王は家の後へ歩いていった。果して半畝位の庭があって、細かな草が毛氈《もうせん》を敷いたように生え、そこの逕《こみち》には楊柳《やなぎ》の花が米粒を撒《ま》いたように散っていた。そこに草葺《くさぶき》の三本柱の亭《あずまや》があって、花の木が枝を交えていた。
王は小刻みに歩いてその花の下をいった。頭の上の樹の梢《こずえ》がざわざわと鳴るので、ふいと顔をあげてみた。そこに嬰寧があがっていたが、王を見つけるとおかしくておかしくてたまらないというように笑いだした。王ははらはらした。
「およしよ、おっこちるよ。」
嬰寧は木からおりはじめた。おりながらとめどもなしに笑って廃《よ》すことができなかった。そして、やっと足が地にとどきそうになってから、手を滑らして堕ちた。それと一緒に笑いもやんだ。王は嬰寧を扶け起したが、その時そっとその腕をおさえたので、嬰寧の笑い
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