がまたおこった。嬰寧は樹にかきつくようにして笑って歩くこともできなかったが、暫くしてやっとやんだ。
 王は嬰寧の笑いやむのを待って、袖の中から彼の萎《しお》れた梅の花を出して、
「これを知ってるの。」
 といった。嬰寧は受け取っていった。
「枯れてるじゃないの。なぜ、こんな物を持ってるの。」
「これは上元の日に、あんたがすてたものじゃないか。だから持っているのだよ。」
「持っててどうするの。」
「あんたを愛するためだよ。上元の日にあんたに逢ってから、思いこんで病気になって、もう死ぬるかと思ったのだよ。それがこうして逢えたから、気の毒だと思っておくれよ。」
 嬰寧はいった。
「そんなことなんでもないわ。親類の間柄ですもの、兄さんがお帰りの時、老爺《じいや》を呼んで来て、庭中の花を大きな篭《かご》へ折らせて、おぶわしてあげますから。」
 王はいった。
「馬鹿だなあ。」
 嬰寧はいった。
「なぜ、馬鹿なの。」
 王はいった。
「私は花が好きじゃないよ、花を持っていた人が好きなのだよ。」
 嬰寧はいった。
「親類じゃないの、愛するのはあたりまえだわ。」
 王はいった。
「私が愛というのは、親類の愛じゃないよ、つまり夫婦の愛だよ。」
 嬰寧はいった。
「親類の愛だっておんなじじゃないの。」
「夫婦になったら一緒にいるのだよ。」
 嬰寧は俯向《うつむ》いて考えこんでいたが、暫《しばら》くしていった。
「私、知らない人と一緒にいたことないわ。」
 その言葉のまだ終らない時に、婢がそっとやって来たので、王はあわてて逃げた。
 暫くして王と女は、老婆の所で逢った。老婆は嬰寧に訊いた。
「どこへいってたね。」
 嬰寧はいった。
「庭で話していたわよ。」
 老婆はいった。
「とうに御飯ができてるのに、何の話をしていたのだよ。またお喋りをしていたのだろう。」
 嬰寧はいった。
「兄さんが私と一緒に……。」
 王はひどく困って急に嬰寧に目くばせした。嬰寧はにっと笑ってよした。しかし幸にしてそれは老婆に聞えなかったが、そのかわり老婆はくどくどと嬰寧の長く帰らなかった理由を訊いた。そこで王は他のことをいって打ち消し、そのうえで小声で嬰寧を責めた。
「あんな馬鹿なことをいうものじゃないよ。」
 すると嬰寧がいった。
「あんなことをいってはいけないの。」
 王はいった。
「そんなことをいうのは、人に背《そむ》くというのだよ。」
 嬰寧はいった。
「他人に背いても、お祖母《かあ》さんには背かれないわ。それに一緒にいることなんて、あたりまえのことじゃないの、何も隠さなくってもいいじゃないの。」
 王は嬰寧に愚《おろ》かな所のあるのを残念に思ったが、どうすることもできなかった。
 食事がちょうど終った時、王の家の者が二|疋《ひき》の驢《ろば》を曳《ひ》いて王を探しに来た。それは王が家を出た日のことであった。王の母親は王の帰りを待っていたが、あまり帰りが遅いので始めて疑いをおこし、村中を幾日も捜してみたがどこにもいなかった。そこで呉の家へいった。呉はでたらめにいった自分の言葉を思いだして、西南の山の方へいって尋ねてみよと教えた。家の者は幾個かの村を通って始めてここに来たのであった。王は門を出ようとして、その人達に逢ったのであった。王はそこで入っていって老婆に知らし、そのうえ嬰寧を伴《つ》れて帰りたいといった。老婆は喜んでいった。
「私がそう思っていたのは、久しい間のことだよ。ただ私は、遠くへいけないから、お前さんが伴れて、姨《おば》さんに見知らせてくれると、好い都合だよ。」
 そこで老婆は、
「寧子や。」
 といって嬰寧を呼んだ。嬰寧は笑いながらやって来た。老婆は、
「何の喜しいことがあって、いつもそんなに笑うのだよ。笑わないと一人前の人なのだが。」
 といって、目に怒りを見せていった。
「兄さんがお前を伴れていってくれるというから、仕度をなさいよ。」
 老婆はまた使の者に酒や飯を出してから、一行を送りだしたが、その時嬰寧にいった。
「姨《おば》さんの家は田地持ちだから、余計な人も養えるのだよ。あっちにいったなら、どうしても帰ってはいけないよ。すこし詩や礼を教わって、姨さんに事《つか》えるがいい。そして、姨さんに良い旦那をみつけてもらわなくちゃいけないよ。」
 二人は出発して山の凹みにいって振りかえった。ぼんやりではあるが老婆が門に倚《よ》って北の方を見ているのが見えた。やがて二人は王の家へ着いた。母親は美しい女を見て訊いた。
「これはどなた。」
 王は、
「それは姨さんの家の子供ですよ。」
 といった。母親は、
「姨って、いつか呉さんのいったことは、うそですよ。私には姉なんかありませんよ、どうして甥《めい》があるの。」
 といって、嬰寧の方を向いていった。
「ほんと
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