うり出した。アレンとネッドはぷっとふきだした。
「さあ、これがくつ下です」とわたしは言った。「あなたがたはぼくの犬をどろぼうにしましたね。ぼくは人のなぐさみに使うために犬を連《つ》れて行ったのだと思っていました」
 わたしはふるえていて、ほとんど口がきけなかった。でもこのときはどしっかりした決心をしたことはなかった。
「うん、なぐさみのほかに使ったら」と父親は反問した。「おまえ、どうするつもりだ。聞きたいものだね」
「ぼくはカピの首になわを巻《ま》きつけて、これほどかわいい犬ですけれど、ぼくはあいつを水にしずめてしまいます。わたしは自分がどろぼうにされたくないと同様、カピをどろぼうにはしてもらいたくないのです。いつかわたしがどろぼうにならなければならないようなことがあれば、わたしは犬といっしょにすぐ水にしずんでしまいます」
 父親はわたしの顔をしげしげと見ていた。わたしはかれがよっぽどわたしを打とうとしかけたと思った。かれの目は光った。でもわたしはたじろがなかった。
「おお、ではよしよし」とかれは思い返して言った。「またそういうことのないように、おまえ、これからは自分でカピを連《つ》れて歩くがいい」


     ごまかし

 わたしは二人の子どもにげんこつを見せていた。わたしはかれらにものを言うことはできなかったが、でもかれらはわたしの様子で、このうえわたしの犬をどうにかすれば、わたしにひどい目に会うであろうと思った。わたしはカピを保護《ほご》するためには、かれら二人と戦《たたか》うつもりでいた。
 その日からうちじゅうの者は残《のこ》らず、大っぴらでわたしに対して憎悪《ぞうお》を見せ始めた。祖父《そふ》はわたしがそばに寄《よ》ると、腹立《はらだ》たしそうにつばをはいてばかりいた。男の子と上の妹はかれらにできそうなあらゆるいたずらをした。父親と母親はわたしを無視《むし》して、いてもいない者のようにあつかった。そのくせ毎晩《まいばん》わたしから金を取り立てることは忘《わす》れなかった。
 こうしてわたしがイギリスへ上陸《じょうりく》したとき、あれほどの愛情《あいじょう》を感じていた全家族はわたしに背中《せなか》を向けた。たった一人赤んぼうのケートが、わたしのかまうことを許《ゆる》した。でもそれすら、かくしにかの女のためのキャンデーか、みかんの一つ持ち合わせないときには、冷淡《れいたん》にそっぽを向いてしまった。
 わたしははじめマチアの言ったことを耳に入れようとはしなかったが、だんだんすこしずつ、わたしはまったくこのうちの者ではないのではないかと疑《うたが》い始めた。わたしはかれらに対してこれほどひどくされるようなことはなにもしなかった。
 マチアはわたしがそんなにがっかりしているのを見て、独《ひと》り言《ごと》のように言った。
「ぼくはバルブレンのおっかあから、早くどんな着物をきみが着ていたか言って寄《よ》こすといいと思うがなあ」
 とうとうやっとのことで、手紙が来た。例《れい》のとおりお寺のぼうさんが代筆《だいひつ》をしてくれた。それにはこうあった。
「小さいルミよ。お手紙を読んでおどろきもし、悲しみもしました。バルブレンの話と、あなたが拾われたとき着ていた着物から、あなたがよほどお金持ちのうちに生まれたこととわたしは思っていました。その着物はそのままそっくり、しまってありますから、いちいち言うことはわけのないことです。あなたはフランスの赤子のように、おくるみにくるまってはいませんでした。イギリスの子どものように、長い上着と下着を着ていました。白いフランネルの上着にたいそうしなやかな麻《あさ》の服を重ね、白い絹《きぬ》でふちを取って、美しい白の縫箔《ぬいはく》をしたカシミアの外とうを着ていました。またかわいらしいレースのボンネットをかむり、それから小さい絹《きぬ》のばらの花のついた白い毛糸のくつ下をはいていました。それにはどれも印《しるし》はありませんが、膚《はだ》につけていたフランネルの上着には印《しるし》がありました。でもその印はていねいに切り取られていました。さて、ルミ、あなたにご返事のできることはこれだけですよ。やくそくをしなすったりっぱなおくり物のできないことを苦《く》にやむことはありません。あなたの貯金《ちょきん》で買ってくれた雌牛《めうし》は、わたしにとっては世界じゅうのおくり物|残《のこ》らずもらったと同様です。喜《よろこ》んでください。雌牛もたいそうじょうぶで、相変《あいか》わらずいい乳《ちち》を出しますから。このごろではごく気楽にくらしています。その雌牛を見るたんびにあなたとあなたのお友だちのマチアのことを思い出さないことはありません。ときどきはお便《たよ》りを寄《よ》こしてください。あなたはほんとに優《やさ》しい、いい子です。どうかせっかくうちを見つけたのだから、おうちのみなさんがあなたをかわいがるようにと、そればかり望《のぞ》んでいます。ではごきげんよろしゅう。
[#地より9字上げ]あなたの養母《ようぼ》
[#地より2字上げ]バルブレンの後家《ごけ》より」
 なつかしいバルブレンのおっかあ。かの女は自分がわたしを愛《あい》したようにだれもわたしを愛さなくてはならないと思っているのだ。
「あの人はいい人だ」とマチアは言った。「じつにいい人だ。ぼくのことも思っていてくれる。さあ、これでドリスコルさんがどう言うか、見たいものだ」
「父さんは品物の細かいことは忘《わす》れているかもしれない」
「どうして子どもがかどわかされたとき着ていた着物を、親が忘《わす》れるものか。だってまたそれを見つけるのは着物が手ががりだもの」
「とにかくなんと言うか、聞いて、それから考えることにしよう」
 わたしがぬすまれたとき、どんな着物を着ていたか、これを父親にたずねるのは容易《ようい》なことではなかった。なんの下心なしにぐうぜんこの質問《しつもん》を発するなら、それはいたって簡単《かんたん》なことであろう。ところが事情《じじょう》がそういうわけでは、わたしはおくびょうにならずにはいられなかった。
 さてある日、冷《つめ》たいみぞれが降《ふ》って、いつもより早くうちへ引き上げて来たとき、わたしは両うでに勇気《ゆうき》をこめて、長らく心にかかっている問題の口を切った。
 わたしの質問《しつもん》を受けると、父親はじっとわたしの顔を見つめた。けれどわたしはこの場合できそうに思っていた以上《いじょう》だいたんに、かれの顔を見返した。するとかれはにっこりした。その微笑《びしょう》にはどことなくとげとげしいざんこくな様子が見えたが、でも微笑は微笑であった。
「おまえがぬすまれて行ったとき」とかれはそろそろと話しだした。「おまえはフランネルの服と麻《あさ》の服と、レースのボンネットに、白い毛糸のくつ下と、それから白い縫箔《ぬいはく》のあるカシミアの外とうを着ていた。その着物のうち二|枚《まい》までは、F《エフ》・D《デー》、すなわちフランシス・ドリスコルの頭字《かしらじ》がついていたが、それはおまえをぬすんだ女が切り取ってしまったそうだ。そのわけは、そうすれば手がかりがないと思ったからだ。なんならおまえの洗礼証書《せんれいしょうしょ》をしまっておいたから、それを見せてあげよう」
 かれは引き出しを探《さぐ》って、すぐと一枚の大きな紙を出して、わたしに手わたしをした。
「よかったらマチアに翻訳《ほんやく》させください」とわたしは最後《さいご》の勇気《ゆうき》をふるって言った。
「いいとも」
 マチアがそれをできるだけよく翻訳した。それで見ると、わたしは八月二日の木曜日に生まれたらしい。そしてジョン・ドリスコルおよびその妻《つま》マーガレット・グランデのむすこであった。
 この上の証拠《しょうこ》をどうして求《もと》めることができようか。
「これはみんなもっともらしい」とその晩《ばん》車の中に帰ると、マチアは言った。「でもどうして旅商人《たびあきんど》風情《ふぜい》が、その子どもにレースのボンネットや、縫箔《ぬいはく》の外とうを着せるだけの金があったろう。旅商人《たびあきんど》というものは、そんなに金のあるものではないさ」
「旅商人だから、そんな品物をたやすく手に入れることができたのだろう」
 マチアは口ぶえをふきふき首をふっていた。それからまた小声で言った。
「きみはあのドリスコルの子どもではないが、ドリスコルがぬすんで来た子どもなのだ」
 わたしはこれに答えようとしたが、かれはもうずんずん寝台《ねだい》の上にはい上がっていた。


     アーサのおじさん――ジェイムズ・ミリガン氏《し》

 わたしがマチアの位置《いち》であったなら、おそらくかれと同様な想像《そうぞう》をしたかもしれなかったが自分の位置としてわたしはそんな考えを持つのはまちがっていると感じた。ドリスコル氏《し》がわたしの父親だということは、もはや疑《うたが》う余地《よち》なく証明《しょうめい》された。わたしはそれをマチアと同じ立場からながめることができなかった。かれは疑い得《え》る……けれどわたしは疑《うたぐ》ってはならない。かれがなんでも自分の思うことを、わたしに信《しん》じさせようと努《つと》めると、わたしはかれにだまっていろと言い聞かせた。けれどもかれはなかなか頑強《がんきょう》で、その強情《ごうじょう》にいつも打ち勝つことは困難《こんなん》であった。
「なぜきみだけ色が黒くって、うちのほかの人たちは色が白いのだ」とかれはくり返して、その点を問いつめようとした。
「どうしてびんぼう人がやわらかなレースや、縫箔《ふいはく》を赤んぼうに着せることができたか」これがもう一つたびたびくり返される質問《しつもん》であった。するとわたしはこちらから逆《ぎゃく》に反問《はんもん》して、わずかにこれに答えることができた。あの人たちにとってわたしが子でないならば、なぜぼくを捜索《そうさく》したか。なぜバルブレンや、グレッス・アンド・ガリーに金をやったか。
 マチアはわたしの反問《はんもん》に返事ができなかったけれども、かれはけっして承服《しょうふく》しようとはしなかった。
「ぼくらは二人でフランスへ帰るのがいいと思う」とかれは勧《すす》めた。
「そんなことができるものか」
「きみは一家といっしょにいるのが義務《ぎむ》だと言うのかい。でもこれがきみの一家だろうか」
 こういうおし問答の結果《けっか》は、一つしかなかった。それはわたしをいままでよりもよけい不幸《ふこう》にしただけであった。疑《うたが》うということはどんなにおそろしいことであろう。でもいくら疑うまいと思ってもわたしは疑った。わたしが自分にはうちがないと思って、あれほど悲しがって泣《な》いていたじぶん、こうしてうちができた今日かえってこれほどの失望《しつぼう》におちいろうとはだれが思ったろう。どうしたらわたしはほんとうのことがわかるだろう。そう考えて、いよいよ胸《むね》にせまってくるとき、わたしは歌を歌って、おどりをおどって、笑《わら》って、しかめっ面《つら》でもするほかはなかった。
 ある日曜日のことであった。父親はきょうは用があるからうちにいろとわたしに言いわたした。かれはマチアだけを一人外へ出した。ほかの者もみんな出て行った。祖父《そふ》だけが一人、二階に残《のこ》っていた。わたしは父親と一時間ばかりいたが、やがてドアをたたく音がして、いつもうちへ父親を訪《たず》ねて来る人とは、まるでちがった紳士《しんし》がはいって来た。かれは五十才ぐらいの年輩《ねんぱい》で、流行の粋《すい》を集めた身なりをしていた。犬のようなまっ白なとんがった歯をして、笑《わら》うときにはそれをかみしめようとでもするようにくちびるをあとへ引っこめた。かれはしじゅうわたしのほうをふり向いてみながら、イギリス語でわたしの父に話しかけた。
 それからしばらくして、かれはほとんどなまりのないフランス語で話し始めた。
「これがきみの話をし
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