る」と、かれは自分のうでをわたしのうでにかけながらさけんだ。「そんなことができるものか。でも先生、やはりあなたのご親切はありがたく思っていますよ」
エピナッソー氏《し》はそれでもまだ勧《すす》めていた。そしていまにかれをパリの音楽学校へ出す方法《ほうほう》を立てる、そうすればかれは確《たし》かにりっぱな音楽家になると言った。
「なに、友だちを捨《す》てる、それはどうしたってできません」
「そう、それでは」と床屋《とこや》さんは残念《ざんねん》そうに答えた。「わたしが一|冊《さつ》本をあげよう。わからないことはそれで知ることができる」こう言ってかれは一つの引き出しから、音楽の理論《りろん》を書いた本を出した。その本は古ぼけて破《やぶ》れていた。けれどそんなことはかまうことではない。ペンを取ってこしをかけて、かれはその第一ページにこう記《しる》した。
「かれが有名になったとき、なおマンデの床屋《とこや》を記憶《きおく》するであろうその子におくる」
マンデにはほかにも音楽の先生があるかどうか、わたしは知らないけれど、このエピナッソー氏《し》がたった一人知っている人で、しかも一生|忘《わす
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