》れることのできない人であった。
王子さまの雌牛《めうし》
わたしはマンデに着くまえにもむろんマチアを愛《あい》していたけれど、その町を去るときにはもっともっとかれを愛していた。わたしは床屋《とこや》さんの前でかれが「なに、友だちを捨《す》てる」とさけんだとき、どんな感じがしたか、ことばで語ることはできなかった。
わたしはかれの手をとって強くにぎりしめた。
「マチア、もう死ぬまではなれないよ」とわたしは言った。
「ぼくはとうからそれはわかっていた」とかれはあの大きな黒い目で、わたしににこにこ笑《わら》いかけながら答えた。
なんでもユッセルでさかんな家畜市《かちくいち》があるということを聞いたので、わたしたちはそこへ行って、雌牛《めうし》を買うことに決めた。それはシャヴァノンへ行く道であった。わたしたちは道みち通る町ごとに村ごとに音楽をやって、ユッセルに着いたじぶんには、二百四十フランも金が集まっていた。わたしたちはこれだけの金をためるには、それこそできるだけの倹約《けんやく》をしなければならなかった。でもマチアはわたし同様|雌牛《めうし》を買うことに熱心《ねっしん
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