かげでその日はとうとう来たのだ。さてこれからは、どうなることやら。
 わたしたちはそれを長く心配するひまはなかった。証文《しょうもん》の期限《きげん》が切れたあくる日――この金はこの季節《きせつ》の花の売り上げでしはらわれるはずであったから――全身まっ黒な服装《ふくそう》をした一人の紳士《しんし》がうちへ来て、印《いん》をおした紙をわたした。これは執達吏《しったつり》であった。かれはたびたび来た。あまりたびたび来たので、しまいにはわたしたちの名前を覚えるほどになった。
「ごきげんよう、エチエネットさん。いよう、ルミ。いよう、アルキシー」
 こんなことを言って、かれはわたしたちに例《れい》の印《いん》をおした紙を、お友だちのような顔をしてにこにこしながらわたした。
「みなさん、さよなら。また来ますよ」
「うるさいなあ」
 お父さんはうちの中に落ち着いていなかった。いつも外に出ていた。かれはどこへ行くか、ついぞ話したことがなかった。たぶん弁護士《べんごし》を訪問《ほうもん》するか、裁判所《さいばんしょ》へ行ったのかもしれなかった。
 裁判所というとわたしはおそろしかった。ヴィタリスも裁判所へ行った。そしてその結果《けっか》はどうであったか。
 そしてその結果をお父さんは待ちかねていた。冬の半分は過《す》ぎた。温室を修理《しゅうり》することも、ガラスのフレームを新しく買うこともできないので、わたしたちは野菜物《やさいもの》やおおいの要《い》らないじょうぶな花を作っていた。これはたいしたもうけにはならなかったが、なにかの足しにはなった。これだってわたしたちの仕事であった。
 ある晩《ばん》お父さんはいつもよりよけいしずんで帰って来た。
「子どもたち」とかれは言った。「もうみんなだめになったよ」
 かれは子どもたちになにかだいじなことを言いわたそうとしているらしいので、わたしはさけて部屋《へや》を出ようとした。かれは手まねでわたしを引き止めた。
「ルミ、おまえもうちの人だ」とかれは悲しそうに言った。「おまえはなにかがよくわかるほどまだ大きくなってはいないが、めんどうの起こっていることは知っていよう。みんなお聞き、わたしはおまえたちと別《わか》れなければならない」
 ほうぼうから一つのさけび声と苦しそうな泣《な》き声が起こった。
 リーズは父親の首にうでを巻《ま》きつけた。かれはかの女をしっかりとだきしめた。
「ああ、おまえたちと別《わか》れるのはまったくつらい」とかれは言った。「けれど裁判所《さいばんしょ》から支払《しはら》いをしろという命令《めいれい》を受けた。でもわたしは金がないのだから、このうちにあるものは残《のこ》らず売らなければならない。それでも足りないので、わたしは五年のあいだ懲役《ちょうえき》に行かねばならない。わたしは自分の金ではらうことができないから、自分のからだと自由でそれをはらわなければならない」
 わたしたちはみんな泣《な》きだした。
「そう、悲しいことだ」とかれはおろおろ声で続《つづ》けた。「けれど人は法律《ほうりつ》に向かってはなにもしえない。弁護士《べんごし》の言うところでは、むかしはどうしてこんなことではすまなかった。貸《か》し主《ぬし》は借《か》り手《て》のからだをいくつかに切《き》り刻《きざ》んで、貸し主のうちで欲《ほ》しいと思う者がそれを分けて取る権利《けんり》があったそうだ。わたしはただ五年のあいだ刑務所《けいむしょ》にいればいいのだからね。ただそのあいだにおまえたちはどうなるだろう。それが心配でたまらない」
 悲しい沈黙《ちんもく》が続《つづ》いた。
「わたしが決めたとおりにするのがいちばんいいことなのだ」とお父さんは続けた。
「ルミ、おまえはいちばん学者なのだから、妹のカトリーヌの所へ手紙を書いて、事がらをくわしく述《の》べて、すぐに来てくれるようにたのんでおくれ。カトリーヌおばさんは、なかなかもののわかった人だから、どうすればいちはんいいか、うまく決めてくれるだろう」
 わたしが手紙を書くのはこれが初《はじ》めてでなかなか骨《ほね》が折《お》れた。それはひじょうに痛《いた》ましいことであったが、わたしたちはまだひと筋《すじ》の希望《きぼう》を持っていた。わたしたちはみんななにも知らない子どもであった。カトリーヌおばさんが来てくれるということ、かの女が実際家《じっさいか》であるということは、なにごとをもよくしてくれるであろうといふ希望《きぼう》を持たせた。
 けれどかの女は思ったほど早くは来てくれなかった。四、五日ののちお父さんがちょうど友だちの一人を訪問《ほうもん》に出かけようとすると、ぱったり巡査《じゅんさ》に出会った。かれは巡査たちとうちへもどって来た。かれはひじょうに青い顔をしていた。
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