って来た。それでわたしたちはかけ出して大きな門の下のトンネルに避難《ひなん》しなければならなかった。ひょうの夕立ち。たちまち道はまっ白に冬のようになった。ひょうの大きさははとの卵《たまご》ぐらいあった、落ちるときには耳の遠くなるような音を立てた。もうしじゅうガラスのこわれる音が聞こえた、ひょうが屋根から往来《おうらい》へすべり落ちるとともに、屋根やえんとつのかわらや石板やいろんなものがこわれて落ちた。
「ああ、これではガラスのフレームも」とエチエネットがさけんだ。
 わたしも同じ考えを持った。
「お父さんはたぶんまに合ったでしょうね」
「ひょうの降《ふ》るまえに着いたにしても、ガラスにむしろをかぶせるひまはなかったでしょう。なにもかもこわれてしまったでしょうよ」
「ひょうは所どころまばらに落ちるものだそうですよ」と、わたしはまだそれでも無理《むり》に希望《きぼう》をかけようとして言った。
「おお、それにはあんまりうちが近すぎます。もしうちの庭にここと同じだけ降《ふ》ったら、父さんはお気のどくなほど大損《おおぞん》になってしまいます。父さんはこの花を売って、いくらお金をもうけてどうするという細かい勘定《かんじょう》をしていらしったのだからそれはずいぶんお金が要《い》るようよ」
 わたしはガラスのフレームが百|枚《まい》千八百フランもすることを聞いていた。植木や種物《たねもの》を別《べつ》にしても、五、六百もあるフレームをひょうがこわしたらなんという災難《さいなん》であろう。どのくらいの損害《そんがい》であろう。
 わたしはエチエネットにたずねてみたかったけれど、おたがいの話はまるで聞こえなかったし、かの女も話をする気がないらしかった。かの女は絶望《ぜつぼう》の表情《ひょうじょう》で、自分のうちの焼《や》け落ちるのを目の前に見ている人のように、ひょうの降《ふ》るのをながめていた。
 おそろしい夕立ちはほんのわずか続《つづ》いた。急にそれが始まったように、急にやんだ。たぶん五、六分しか続《つづ》かなかった、雲がパリのほうへ走って、わたしたちは避難所《ひなんじょ》を出ることができた。ひょうが往来《おうらい》に深く積《つ》もっていた。リーズはうすいくつで、その上を歩くことができなかったから、わたしは背中《せなか》に乗せてしょって行った。宴会《えんかい》へ行くときにあれほど晴《は》れ晴れとしていたかの女のかわいらしい顔は、いまは悲しみにしずんで、なみだがほおを伝《つた》っていた。
 まもなくわたしたちはうちに着いた。大きな門があいていて、わたしたちはすぐと花畑の中にはいった。
 なんというありさまであろう。ガラスというガラスは粉《こな》ごなにこわれていた。花とガラスのかけらとひょうがいっしょに固《かた》まって、あれほど美しかった花畑に降《ふ》り積《つ》もっていた。なにもかもめちゃめちゃにこわされた。
 お父さんはどこへ行ったのだろう。
 わたしたちはかれを探《さが》した。やっとかれを大きな温室の中で発見した。その温室のガラス戸は残《のこ》らずこわれていた。かれは地べたをうずめているガラスのかけらの中にいた(手車の上にこしをかけてというよりは、がっかりしてこしをぬかしていた。アルキシーとバンジャメンはそのそばにだまって立っていた。
「ああ、子どもたち、かわいそうに」と、かれはわたしたちがガラスのかけらの上をみしみし歩く音に気がついて、こうさけんだ。
 かれはリーズをだいてすすり泣《な》きを始めた。かれはなにもほかに言わなかった。なにを言うことができようぞ。これはおそろしい結果《けっか》であった。しかもそのあとの結果はもっともっとおそろしかった。
 わたしはまもなくそれをエチエネットから聞いた。
 十年まえかれらの父親はこの花畑を買って、自分で家を建《た》てた。かれに土地を売った男は植木屋として必要《ひつよう》な材料《ざいりょう》を買う金をもやはりかれに貸《か》していた。その金額《きんがく》は十五年の年賦《ねんぷ》で、毎年しはらうはずであった。その男はしかもこの植木屋が支払《しはら》いの期限《きげん》をおくらせて、おかげで土地も家も材料までも自分の手に取り返す機会《きかい》ばかりをねらっていた。もちろんすでに受け取った十年分の支払い金額《きんがく》は、ふところに納《おさ》めたうえのことであった。
 これはその男にとっては相場《そうば》をやるようなもので、かれは十五年の期限のつきないまえにいつか植木屋が証文《しょうもん》どおりにいかなくなるときの来ることを望《のぞ》んでいた。この相場はよし当たらないでも債権者《さいけんしゃ》のほうに損《そん》はなかった。万一当たればそれこそ債務者《さいむしゃ》にはひどい危険《きけん》であった。ところがひょうのお
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