きつくような感じ)を感じた。病気は肺炎《はいえん》であった。それはすなわちあの晩《ばん》気のどくな親方とわたしがこの家《や》の門口《かどぐち》にこごえてたおれたとき、寒気のために受けたものであった。
でもこの肺炎《はいえん》のおかげで、わたしはアッケン家の人たちの親切、とりわけてエチエネットの誠実《せいじつ》をしみじみ知ったのであった。びんぼうなうちではめったに医者を呼《よ》ぶということはないが、わたしの容態《ようだい》がいかにも重くって心配であったので、わたしのため特別《とくべつ》に、習慣《しゅうかん》のためいつか当たり前になっていた規則《きそく》を破《やぶ》ってくれた。呼ばれて来た医者は長い診察《しんさつ》をしたり、細かい容態を聞いたりするまでもなく、いきなり病院へ送れと言いわたした。
なるほどこれはいちばん簡単《かんたん》で、手数がかからなかった。でもこの父さんは承知《しょうち》しなかった。
「ですがこの子はわたしのうちの門口でたおれたんですから、病院へはやらずに、やはりわたしどもが看病《かんびょう》しなければなりません」とかれは言った。
医者はこの因縁論《いんねんろん》に対して、いろいろうまいことばのかぎりをつくして説《と》いたが、承知《しょうち》させることができなかった。かれはわたしをどうしても看病しなければならないと考えた。そしてまったく看病してくれた。
こうしてあり余《あま》る仕事のあるうえ、エチエネットにはまた一つ、看護婦《かんごふ》の役が増《ふ》えた。でもセン・ヴェンサン・ド・ポールの尼《あま》さんがするように、親切にしかも規則《きそく》正しく看護《かんご》してくれて、けっしてかんしゃく一つ起こさないし、なに一つ手落ちなしにしてくれた。かの女が家事のためにどうしてもついていられないときには、リーズが代わってくれた。たびたび熱《ねつ》にうかされながら、わたしは寝台《ねだい》のすそで不安心《ふあんしん》らしい大きな目をわたしに向けているかの女を見た。熱にうかされながらわたしはかの女を自分の守護天使《しゅごてんし》であるように思って、天使に向かって話をするように、自分の望《のぞ》みや願《ねが》いをかの女に打ち明けた。このときからわたしは我知《われし》らずかの女を、なにか後光に包《つつ》まれた人間|以上《いじょう》のものに思うようになり、それが白い大きなつばさをしょってはいないで、やはりわれわれただの人間と同様にしていることをふしぎに思ったりした。
わたしの病気は長かったし、重かった。快《こころよ》くなってはたびたびあともどりをしたので、ほんとうの両親でもいやきがさしたかもしれなかった。でもエチエネットはどこまでもがまん強く誠実《せいじつ》をつくしてくれた。いく晩《ばん》かわたしは肺臓《はいぞう》が痛《いた》んで、息がつまるように思われて、ねむられないことがあった。それでアルキシーとバンジャメンが代わりばんこに、寝台《ねだい》のそばにつききりについていてくれた。
ようようすこしずつ治《なお》りかけてきた。でも長い重病のあとであったから、すこしでもうちの外に出るには、グラシエールの牧場《ぼくじょう》が青くなり始めるまで待たなければならなかった。
そこで用のないリーズがエチエネットの代わりになって、ビエーヴル川の岸のほうへわたしを散歩《さんぽ》に連《つ》れて行ってくれた。真昼《まひる》の日ざかりに、わたしたちはうちを出て、カピを先に立てて、手を組みながらそろそろと歩いた。その年の春は暖《あたた》かで、日和《ひより》がよかった。少なくともわたしは暖かな心持ちのいい記憶《きおく》を持っている。だから同じことであった。
このへんはラ・メーゾン・ブランシュとグラシエールの間にある土地で、パリの人にはあまり知られていなかった。このへんに小さな谷があるということだけはぼんやり知られていたが、その谷に注《そそ》ぐ川はビエーヴル川であるから、この谷はパリの郊外《こうがい》ではいちばんきたない陰気《いんき》な所だと言いもし、信《しん》じられもしていた。だがそんなことはまるでなかった。うわさほど悪い所ではなかった。ビエーヴル川と言えば、たいてい人がセン・マルセルの場末《ばすえ》で、工場地になっているというので、頭からきたない所と決めてしまうのであるが、ヴェリエールやリュンジには自然《しぜん》のおもむきがあった。少なくともわたしのいたじぶんには、やなぎやポプラが青あおとしげっている下を水が流れていた。その両岸には緑の牧場《ぼくじょう》が、人家や庭のある小山のほうまでだんだん上りに続《つづ》いていた。春は草が青あおとしげって、白い小ぎくが碧玉《へきぎょく》をしきつめたもうせんの上に白い星をちりばめていたし、芽出《めだ》しやなぎや
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