れでこれからは……」署長《しょちょう》がたずねた。
「わたくしどもでこの子を引き取ろうと思います」とわたしの新しい友人がことばをはさんだ。
「それをお許《ゆる》しくださいますならば」
 署長《しょちょう》は喜《よろこ》んでわたしをかれの手に委任《いにん》すると言った。そのうえその親切な心がけをほめた。
 自分のことはそれでいいとして、今度は親方のことを言わなければならなかった。でもまったくなんにも知らないのが事実であった。
 ただ一つわからないことは、最後《さいご》の興行《こうぎょう》のとき、どこかの夫人《ふじん》が天才《てんさい》だと言っておどろいたこと、それからガロフォリがむかしの名前をどうとか言いだして、かれをおどしたことであった。
 けれど親方があれほどかくしていたことを死んだのちにあばき立てることはいらない。でもそうは思いながら、事に慣《な》れた警官《けいかん》の前で子どもがかくしおおせるものではなかった。かれらはわけなくわなにかけて、かくしたいと思うことをずんずん言わせてしまうのである。わたしの場合がやはりそれであった。
 署長《しょちょう》はさっそくわたしから、ガロフォリについてなにもかもかぎ出してしまった。
「この子をガロフォリというやつの所へ連《つ》れて行くよりほかにしかたがない」と、かれは部下の一人に言った。「一度この子の言うルールシーヌ街《まち》へ連《つ》れて出れば、すぐその家を見つけるよ。きみはこの子といっしょに行って、その男を尋問《じんもん》してくれたまえ」
 わたしたち三人――巡査《じゅんさ》とお父さんとわたしは、いっしょに出かけた。
 署長《しょちょう》が言ったように、わたしはわけなくその家を見つけた。わたしたちは四階へ上がって行った。マチアはもう見えなかった。警官《けいかん》の顔を見て、それから見覚《みおぼ》えのあるわたしを見つけると、ガロフォリは青くなって、ぎょっとしたようであった。けれどみんなの来たのは、ヴィタリスのことをたずねるためであったことがわかると、かれはすぐに落ち着いた。
「やれやれ、じいさん、死にましたか」とかれは言った。
「おまえはその老人《ろうじん》を知っているだろう」
「はい」
「じゃああの老人について知っていることを残《のこ》らず話してくれ」
「なんでもないことでございます。あの男の名前はヴィタリスではございません。本名はカルロ・バルザニと申しました。あなたがいまから三十五年か四十年まえにイタリアにおいででしたら、あの男についてご承知《しょうち》だったでしょう。それはほんの名前を言うだけで、どんな人物だということは残《のこ》らずおわかりになったでしょう。カルロ・バルザニと言えばそのころでいちばん有名な歌うたいでした。かれはナポリ、ローマ、ミラノ、ヴェネチア、フィレンツェ、ロンドン、それからパリでも歌いました。どこの大劇場《だいげきじょう》もたいした成功《せいこう》でした。やがてふとしたことからかれはりっぱな声が出なくなりました。もう歌うたいの中でいちばんえらい者でいることができなくなると、かれは自分の偉大《いだい》な名声に相応《そうおう》しない下等な劇場に出て、歌を歌って、だんだん評判《ひょうばん》をうすくすることをしませんでした。その代わりかれはまるっきり自分を世間の目からくらまして、全盛時代《ぜんせいじだい》にかれを知っていた人びとからかくれるようにしました。けれどもかれも生きなければなりません。かれはいろいろの職業《しょくぎょう》に手を出してみましたが、どれもうまくいきません。そこでとうとう犬を慣《な》らして、大道《だいどう》の見世物師《みせものし》にまで落ちることになりました。けれどいくらなり下がってもやはり気位《きぐらい》が高く、これが有名なカルロ・バルザニのなれの果《は》てだということを世間に知られるくらいなら、はずかしがって死んだでしょう。わたしがあの男の秘密《ひみつ》を知ったのは、ほんのぐうぜんのことでした」
 これが長いあいだ心にかかっていた秘密の正体であった。
 気のどくなカルロ・バルザニ。なつかしいヴィタリス親方。


     植木屋


 そのあくる日ヴィタリスをほうむらなければならなかった。アッケン氏《し》はわたしをお葬式《そうしき》に連《つ》れて行くやくそくをした。
 けれどその日わたしは起き上がることができなかった。夜のうちにひじょうに具合が悪くなった。ひどい熱《ねつ》が出て、はげしい寒けを感じた。わたしの胸《むね》の中は、小さなジョリクールがあの晩《ばん》木の上で過《す》ごしたとき受けたと同様、焼《や》きつくやうな熱気《ねっき》を感じた。
 実際《じっさい》わたしは胸にはげしい※[#「火+欣」、第3水準1−87−48]衝《きんしょう》(焼
前へ 次へ
全82ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
マロ エクトール・アンリ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング