わたしの新しい家庭の場所はグラシエール、うちの名はアッケン家、植木屋が商売で、ピエール・アッケンというのがお父さんで、アルキシーに、バンジャメンという二人の男の子、それから女の子はエチエネットに、うちじゅうでいちばん小さいリーズでこれが家族|残《のこ》らずであった。
 リーズはおしであった。生まれつきのおしではなかったが、四度目の誕生日《たんじょうび》をむかえるすこしまえに、病気でものを言う力を失《うしな》った。この不幸《ふこう》は、でも幸せとかの女のちえを損《そこ》ないはしなかった。その反対にかの女のちえはなみはずれた程度《ていど》に発達《はったつ》した。かの女はなんでもわかるらしかった。でもその愛《あい》らしくって、活発で優《やさ》しい気質《きしつ》が、うちじゅうの者に好《す》かれていた。それで病身の子どもにありがちのうちじゅうのきらわれ者になるようなことのないばかりか、リーズのいるために、うちじゅうがおもしろくくらしている。むかしは貴族《きぞく》の家の長子に生まれると福分《ふくぶん》を一人じめにすることができたが、今日の労働者《ろうどうしゃ》の家庭では、総領《そうりょう》はいちばん重い責任《せきにん》をしょわされる。母親が亡《な》くなってから、エチエネットが家庭の母親であった。かの女は早くから学校をやめさせられ、うちにいてお料理《りょうり》をこしらえたり、お裁縫《さいほう》をしたり、父親や兄弟たちのために家政《かせい》を取らなければならなかった。かれらはみんなかの女がむすめであり、姉《あね》であることを忘《わす》れきって、女中の仕事をするのばかり見慣《みな》れていた。いくらひどく使っても出て行く心配もなければ、不平《ふへい》を言う気づかいもない重宝《ちょうほう》な女中であった。かの女が外へ出ることはめったになかったし、けっしておこったこともなかった。リーズをうでにかかえてベンニーの手を引きながら、朝は暗いうちから起きて、父親の朝飯《あさめし》をこしらえ、夜はおそくまでさらを洗《あら》ったりなどをしてからでなくては、とこにはいらなかったから、かの女はまるで子どもでいるひまがなかった。十四だというのにかの女の顔はきまじめにしずんでいた。それは年ごろのむすめの顔ではなかった。
 わたしはハープをかべにかけてから、ゆうべ出会った出来事をぽつぽつ話しだした。石切り場にねむろうとして失敗《しっぱい》して、それからあとの始末を一とおり話しかけて、やっと五分たつかたたないうちに、園《その》に向かっているドアを引っかく音が聞こえた。それから悲しそうにくんくん鳴く声がした。
「カピだ。カピだ」わたしはさけんですぐとび上がった。
 けれどもリーズがわたしより早かった。かの女はもうかけ出してドアを開けていた。
 カピがわたしにとびかかって来た。わたしはかれをうでにかかえた。小さな喜《よろこ》びのほえ声をたてて、全身をふるわせながら、かれはわたしの顔をなめた。
「するとカピは……」とわたしはたずねた。わたしの問いはすぐに了解《りょうかい》された。
「うん、むろんカピもいっしょにおくよ」とお父さんが言った。
 カピはわたしたちの言っていることがわかったというように、地べたにとび下りて、前足を胸《むね》に置《お》いておじぎをした。それが子どもたち、とりわけリーズを笑《わら》わせた。で、よけいかれらを喜《よろこ》ばせるために、わたしはカピに、いつもの芸《げい》をすこしして見せろと望《のぞ》んだ。けれどもかれはわたしの言いつけに従《したが》う気がなかった。かれはわたしのひざの上にとび上がって顔をなめ始めた。
 それからとび下りて、わたしの上着のそでを引き始めた。
「あの犬はわたしを外へ連《つ》れ出そうというのです」
「おまえの親方の所へ行こうというのだよ」
 親方を引き取って行った巡査《じゅんさ》は、わたしが暖《あたた》まって正気づいたら、聞きたいことがあると言ったそうだ。その巡査がいつ来るか、あやふやであった。
 でもわたしは早く報告《ほうこく》を聞きたいと思った。たぶん親方はみんなの思ったように死んではいないのだ。たぶん親方はまだ生きて帰れるのだ。
 わたしの心配そうな顔を見て、お父さんはわたしを警察《けいさつ》へ連《つ》れて行ってくれた。
 警察へ行くとわたしは長ながと質問《しつもん》された。けれどわたしはいよいよ気のどくな親方がまったく死んだという宣告《せんこく》を聞くまでは、なにも申し立てようとはしなかった。わたしは知っているだけのことは述《の》べたが、それはほんのわずかのことであった。わたし自身については、せいぜい両親のないこと、親方が前金で養母《ようぼ》の夫《おっと》に金をはらってわたしをやとったこと、それだけしか言えなかった。
「そ
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