たけれど、このかわいらしい女の子のためにいちばんかわいらしいワルツをひいてやらずにはいられなかった。
 はじめかの女は大きな美しい目をじっとわたしに向けて聞いていたが、やがて足で拍子《ひょうし》を合わせ始めた。するうち、うれしそうに食堂《しょくどう》の中をおどり歩いた。かの女の兄弟たちはその様子をだまってながめていた。かの女の父親もうれしがっていた。ワルツがすむと、子どもはやって来て、わたしにかわいらしいおじぎをした。そして指でハープを打って「アンコール」(もう一つ)という心持ちを示《しめ》した。
 わたしはこの子のためには一日でもひいていてやりたかったが、父親はもうそれだけおどればたくさんだと言った。そこでワルツや舞踏曲《ぶとうきょく》の代わりに、わたしはヴィタリスが教えてくれたナポリ小唄《こうた》を歌った。リーズはわたしの向こうへ来て立って、あたかも歌のことばをくり返しているようにくちびるを動かした。するとかの女はくるりとふり向いて、泣《な》きながら父親のうでの中にとびこんだ。
「それで音楽はけっこう」と父親が言った。
「リーズはばかじゃないか」とバンジャメンと呼《よ》ばれた兄弟があざけるように言った。「はじめはおどりをおどって、今度は泣《な》くんだもの」
「あの子はあんたのようにばかではないわ」と総領《そうりょう》の姉《あね》が小さい妹をいたわるようにのぞきこみながら答えた。
「この子にはよくわかったのだよ……」
 リーズが父親のひざの上で泣《な》いているあいだにわたしはまたハープを肩《かた》にかけて行きかけた。
「おまえさん、どこへ行く」と植木屋がたずねた。
「おいとまいたします」
「おまえさん、やはり芸人《げいにん》でやっていくつもりかい」
「でもほかにすることがありませんから」
「旅でかせぐのはつらいだろう」
「だってうちがありませんから」
「それはそうだろうが、夜というものがあるからね」
「それは、わたしだって寝台《ねだい》にねたいし、火にも当たりたいと思います」
「火に当たったり寝台にねるには、それそうとう働《はたら》かなければならないが、おまえはどうだね。このうちにいて働く気はないか。なかなか楽な仕事ではないが、それは朝もずいぶん早くから起きて、まる一日働かなければならないけれど、ただおまえがゆうべ出会ったような目にはけっして二度と出会う気づかいはなかろうよ。おまえはねどこも、食べ物も得《え》られるし、自分で働《はたら》いてそれを得たという満足《まんぞく》もあろうというものだ。それでおまえがわしが考えているようにいい子どもであるなら、同じうちの者にして、いっしょにくらしてゆきたいとも思っているのだよ」
 リーズがふり返って、なみだの中からわたしをながめてにっこりした。
 わたしはいま聞いたことをほとんど信《しん》ずることができなかった。わたしはただ植木屋をながめていた。
 するとリーズが、父親のひざからとんで来て、わたしの手を取った。
「うん、どうだね、おまえ」と父親がたずねた。
 家族だ。わたしは家族を持つようになった。わたしは独《ひと》りぼっちではなくなるのだ。いいゆめよ。今度は消えずにいてくれ。
 わたしが四、五年いっしょにくらして、ほとんど父親のようであった人は死んだ。なつかしい、優《やさ》しいカピは、わたしがあれほど愛《あい》した仲間《なかま》でもあり友だちでもあったカピは、いなくなった。わたしはなにもかもおしまいになったと思っていた。ところへこのいい人がわたしを自分の家族にしてやると言ってくれた。
 わたしのために新しい生涯《しょうがい》がまた始まるのだ。かれはわたしに食べ物と宿《やど》をあたえると言ったが、それよりももっとわたしにうれしかったのは、このうちの中の生活がやはりわたしのものになるということであった。この男の子たちはわたしの兄弟になるであろう。このかわいらしいリーズはわたしの妹になるであろう。わたしはもうみなし子ではなくなるであろう。わたしの子どもらしいゆめの中で、いつかわたしも父親と母親を見つけるかもしれないと思ったこともあった。けれど兄弟や妹を持とうとは考えなかった。それがわたしにあたえられようとしているのだ。わたしはさっそくハープの負い皮を肩《かた》からはずした。
「おお、それでこの子の返事がわかった」とお父さんが笑《わら》いながら言った。「わたしはおまえの顔つきで、どんなにおまえが喜《よろこ》んでいるかわかる。もうなにも言うことは要《い》らない。そのハープをかべにおかけ。いつかおまえがここにあきたら、またそれを下ろして好《す》きなほうへ行くがよろしい。けれどおまえもつばめのように、とび出して行く季節《きせつ》を選《えら》ばなければならない。まあ、冬のさ中に出て行くのだけはおよし
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