ずにおかないような声で言った。
「しっかりしろ。みんな、ここにしばらくいるうちに、仕事をしなければならない。こんなふうにみんなごたごた固《かた》まっていても、しかたがない。ともかくからだを落ち着ける穴《あな》をほらなければならない」
かれのことばはみんなを落ち着かせた。てんでに手やランプのかぎで土をほり始めた。この仕事は困難《こんなん》であった。なにしろわたしたちがかくれた竪坑《たてこう》はひどい傾斜《けいしゃ》になっていて、むやみとすべった。しかも足をふみはずせば下は一面の水で、もうおしまいであった。
でもどうやらやっと足だまりができた。わたしたちは足を止めて、おたがいの顔を見ることができた。みんなで七人、「先生」とガスパールおじさんに、三人の坑夫のパージュ、コンプルー、ベルグヌー、それからカロリーという車おしのこぞう、それにわたしであった。
鉱山の物音は同じはげしさで続《つづ》いた。このおそろしいうなり声を説明《せつめい》することばはなかった。いよいよわれわれの最後《さいご》のときが来たように思われた。恐怖《きょうふ》に気がくるったようになって、わたしたちはおたがいに探《さぐ》るように相手《あいて》の顔を見た。
「鉱山の悪霊《あくりょう》が復《ふく》しゅうをしたのだ」と一人がさけんだ。
「上の川に穴《あな》があいて、水がはいって来たのでしょう」とわたしはこわごわ言ってみた。
「先生」はなにも言わなかった。かれはただ肩《かた》をそびやかした。それはあたかもそういうことはいずれ昼間くわの木のかげで、ねぎでも食べながら論《ろん》じてみようというようであった。
「鉱山《こうざん》の悪霊《あくりょう》なんというのはばかな話だ」とかれは最後《さいご》に言った。「鉱山に洪水《こうずい》が来ている。それは確《たし》かだ。だがその洪水がどうして起こったかここにいてはわからない……」
「ふん、わからなければだまっていろ」とみんながさけんだ。
わたしたちはかわいた土の上にいて、水がもう寄《よ》せて来ないので、すっかり気が強くなり、だれも老人《ろうじん》に耳をかたむけようとする者がなかった。さっき危険《きけん》の場合に示《しめ》した冷静沈着《れいせいちんちゃく》のおかげで、急にかれに加わった権威《けんい》はもう失《うしな》われていた。
「われわれはおぼれて死ぬことはないだろう」とかれはやがて静《しず》かに言った。「ランプの灯《ひ》を見なさい。ずいぶん心細くなっているではないか」
「魔法使《まほうつか》いみたいなことを言うな。なんのわけだ、言ってみろ」
「おれは魔法使《まほうつか》いをやろうというのではない。だがおぼれて死ぬことはないだろう。おれたちは気室の中にいるのだ。その圧搾空気《あっさくくうき》で水が上がって来ないのだ。出口のないこの竪坑《たてこう》はちょうど潜水鐘《せんすいしょう》(潜水器)が潜水夫《せんすいふ》の役に立つと同じりくつになっているのだ。空気が竪坑にたくわえられていて、それが水のさして来る力をせき止めているのだ。そこでおそろしいのは空気のくさることだ……水はもう一|尺《しゃく》(約三〇センチ)も上がっては来ない。鉱山《こうざん》の中は水でいっぱいになっているにちがいない」
「マリウスはどうしたろう」
「鉱坑《こうこう》は水でいっぱいになっている」と言った「先生」のことばで、パージュは三|層《そう》目で働《はたら》いていた一人むすこのことを思い出した
「おお、マリウス、マリウス」とかれはまたさけんだ。
なんの返事もなかった。こだまも聞こえなかった。かれの声はわれわれのいる坑《こう》の外にはとおらなかった。マリウスは助かったろうか。百五十人がみんなおぼれたろうか。あまりといえばおそろしいことだ。百五十人は少なくとも坑の中にはいっていた。そのうちいく人《にん》竪坑《たてこう》に上がったろうか。わたしたちのようににげ場を見つけたろうか。
うすぼんやりしたランプの光が心細くわたしたちのせまいおりを照《て》らしていた。
生きた墓穴《はかあな》
いまや鉱坑《こうこう》の中には絶対《ぜったい》の沈黙《ちんもく》が支配《しはい》していた。わたしたちの足もとにある水はごく静《しず》かに、さざ波も立てなかった。さらさらいう音もしなかった。鉱坑は水があふれていた。この破《やぶ》りがたいしずんだ重い沈黙が、初《はじ》め水があふれ出したとき聞いたおそろしいさけび声よりも、もっと心持ちが悪かった。
わたしたちは生きながらうずめられて、地の下百尺(約三〇メートルだが、ここでは深いという意味)の墓《はか》の中にいるのであった。わたしたちはみんなこの場合の恐怖《きょうふ》を感じていた。「先生」すらもぐんなりしていた。
とつぜんわ
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