れでおくさんはどちらに行かれたのでしょう」とマチアがたずねた。
「おくさんはヴヴェーに別荘《べっそう》を持っておいでだ。だがどのへんだかわからない。なんでも夏はそこへ行ってくらすことになっているのだ」
 わたしたちはヴヴェーに向かって出発した。もう向こうはずんずん歩いて行く旅ではない、足を止めているのだから、ヴヴェーへ行って探《さが》せば、きっとわかる。
 こうしてわたしたちがヴヴェーに着いたときには、かくしに三スーの金と、かかとをすり切った長ぐつだけが残《のこ》った。でもヴヴェーは思ったように小さな村ではなかった。それはかなりな町で、ミリガン夫人《ふじん》はとか、病人の子どもとおしのむすめを連《つ》れたイギリスのおくさんはとか言ってたずねたところで、いっこうばかげていることがわかった。ヴヴェーにはずいぶんたくさんのイギリス人がいた。その場所はほとんどロンドン近くの遊山場《ゆさんば》によく似《に》ていた。いちばんいいしかたは、あの人たちが住んでいそうな家を一けん一けん探《さが》して歩くことである。そしてそれはたいしてむずかしいことではないであろう。わたしたちはただ町まちで音楽をやって歩けばいいのだ。
 それで毎日|根《こん》よくほうぼうへ出かけて、演芸《えんげい》をやって歩いた。けれどまだミリガン夫人《ふじん》の手がかりはなかった。
 わたしたちは湖水から山へ、山から湖水へ、右左を見て、しじゅう往来《おうらい》の人の顔つきをのぞいたり、ことばを聞いて、返事をしてくれそうな人にたずねて歩いた。ある人はわたしたちを山の中腹《ちゅうふく》に造《つく》りかけた別荘《べっそう》へ行かせた。また一人は、その人たちは湖水のそばに住んでいると断言《だんげん》した。なるほど山の別荘に住んでいるのもイギリスのおくさんであった。湖水のそばに家を持っていたのもイギリスのおくさんであったが、わたしたちのたずねるミリガン夫人《ふじん》ではなかった。
 ある日の午後、わたしたちは例《れい》のとおり往来《おうらい》のまん中で音楽をやっていた。そこに大きな鉄の門のある家があった。母屋《おもや》は園《その》のおくに引っこんで建《た》っていた。前には石のかべがあった。わたしはありったけの高い声で歌を歌っていた。例のナポリの小唄《こうた》の第一|節《せつ》を歌って第二節にかかろうとしていたとき、か細いきみ
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