《やさ》しい、いい子です。どうかせっかくうちを見つけたのだから、おうちのみなさんがあなたをかわいがるようにと、そればかり望《のぞ》んでいます。ではごきげんよろしゅう。
[#地より9字上げ]あなたの養母《ようぼ》
[#地より2字上げ]バルブレンの後家《ごけ》より」
 なつかしいバルブレンのおっかあ。かの女は自分がわたしを愛《あい》したようにだれもわたしを愛さなくてはならないと思っているのだ。
「あの人はいい人だ」とマチアは言った。「じつにいい人だ。ぼくのことも思っていてくれる。さあ、これでドリスコルさんがどう言うか、見たいものだ」
「父さんは品物の細かいことは忘《わす》れているかもしれない」
「どうして子どもがかどわかされたとき着ていた着物を、親が忘《わす》れるものか。だってまたそれを見つけるのは着物が手ががりだもの」
「とにかくなんと言うか、聞いて、それから考えることにしよう」
 わたしがぬすまれたとき、どんな着物を着ていたか、これを父親にたずねるのは容易《ようい》なことではなかった。なんの下心なしにぐうぜんこの質問《しつもん》を発するなら、それはいたって簡単《かんたん》なことであろう。ところが事情《じじょう》がそういうわけでは、わたしはおくびょうにならずにはいられなかった。
 さてある日、冷《つめ》たいみぞれが降《ふ》って、いつもより早くうちへ引き上げて来たとき、わたしは両うでに勇気《ゆうき》をこめて、長らく心にかかっている問題の口を切った。
 わたしの質問《しつもん》を受けると、父親はじっとわたしの顔を見つめた。けれどわたしはこの場合できそうに思っていた以上《いじょう》だいたんに、かれの顔を見返した。するとかれはにっこりした。その微笑《びしょう》にはどことなくとげとげしいざんこくな様子が見えたが、でも微笑は微笑であった。
「おまえがぬすまれて行ったとき」とかれはそろそろと話しだした。「おまえはフランネルの服と麻《あさ》の服と、レースのボンネットに、白い毛糸のくつ下と、それから白い縫箔《ぬいはく》のあるカシミアの外とうを着ていた。その着物のうち二|枚《まい》までは、F《エフ》・D《デー》、すなわちフランシス・ドリスコルの頭字《かしらじ》がついていたが、それはおまえをぬすんだ女が切り取ってしまったそうだ。そのわけは、そうすれば手がかりがないと思ったからだ。なんならお
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