もうちの中にはいなかった。まもなく出て来て、両うでを広げながら、あちこちと庭の中をかけ回っていた。
かの女はわたしを探《さが》しているのだ。
わたしは首を前に延《の》ばして、ありったけの声でさけんだ。
「おっかあ、おっかあ」
けれどもそのさけび声は空に消えてしまった、小川の水音に消されてしまった。
「どうしたのだ。おまえ、気がちがったのか」とヴィタリスは言った。
わたしは答えなかった。わたしの目はまたバルブレンのおっかあをじっと見ていた。けれども向こうではわたしが上にいるとは知らないから、あお向いては見なかった。そうして庭をぐるぐる回って、往来《おうらい》へ出て、きょろきょろしていた。
もっと大きな声でわたしはさけんだ。けれども、初《はじ》めの声と同様にむだであった。
そのうち老人《ろうじん》もやっとわかったとみえて、やはり土手に登って来た。かれもまもなく白いボンネットを見つけた。
「かわいそうに、この子は」とかれはそっと独《ひと》り言《ごと》を言った。
「おお、わたしを帰してください」と、わたしはいまの優《やさ》しいことばに乗《の》って、泣《な》き声《ごえ》を出した。
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