しばらくはうちが見えて、それから最後《さいご》の四つ角を曲がるともう見えなくなることをわたしはよく知っていた。行く先は知らない国である。後ろをふり返ればきょうの日まで幸福な生活を送ったうちがあった。おそらく二度とそれを見ることはないであろう。
幸い坂道は長かったが、それもいつか頂上《ちょうじょう》に来た。
老人《ろうじん》はおさえた手をゆるめなかった。
「少し休ましてくださいな」とわたしは言った。
「うん、そうだなあ」とかれは答えた。
かれはやっとわたしをはなしてくれた。
けれどカピに目くばせをすると、犬もそれをさとった様子がわたしには見えた。
それですぐと、ひつじ飼《か》いの犬のように、一座《いちざ》の先頭からはなれてわたしのそばへ寄《よ》って来た。
わたしがにげ出しでもすれば、すぐにかみついてくるにちがいない。
わたしは草深い小山の上に登ってこしをかけると、犬も後ろについていた。
わたしはなみだにくもった目で、バルブレンのおっかあのうちを探《さが》した。
下には谷があって、所どころに森や牧場《ぼくじょう》があった。それからはるか下にいままでいたうちが見えた。黄色い
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