て行くようにわたしは思った。
 なみだをいっぱい目にうかべて[#「うかべて」は底本では「うがべて」]わたしは見回したが、手近にはだれもわたしに加勢《かせい》してくれる者がなかった。往来《おうらい》にもだれもいなかった。牧場《ぼくじょう》にもだれもいなかった。

 わたしは呼《よ》び続《つづ》けた。
「おっかあ、おっかあ」
 けれどだれもそれに答える者はなかった。わたしの声はすすり泣《な》きの中に消えてしまった。
 わたしは老人《ろうじん》について行くほかはなかった。なにしろうで首をしっかりおさえられているのだから。
「さようなら、ごきげんよう」とバルブレンがさけんだ。
 かれはうちの中へはいった。
 ああ、これでおしまいである。
「さあ、行こう、ルミ、進め」と老人《ろうじん》が言って。わたしのひじをおさえた。
 わたしたちはならんで歩いた。幸せとかれはそう早く歩かなかった。たぶんわたしの足に合わせて歩いてくれたのであろう。
 わたしたちは坂を上がって行った。ふり返るとバルブレンのおっかあのうちがまだ見えたが、それはだんだんに小さく小さくなっていった。この道はたびたび歩いた道だから、もう
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