ょう》で牛やひつじの番人をするだけだ。この子がわからない子だったら、泣《な》いてじだんだ[#「じだんだ」に傍点]をふむだろう。そうすればわたしは連《つ》れては行かない。それで孤児院《こじいん》に送られて、ひどく働《はたら》かされて、ろくろく食べる物も食べられないだろう」
 わたしも、そのくらいのことがわかるだけにはかしこかった。それにこの親方のお弟子《でし》たちはとぼけていてなかなかおもしろい。あれらといっしょに旅をするのは、ゆかいだろう。だがバルブレンのおっかあは……おっかあに別《わか》れるのはつらいなあ……
 でもそれをいやだと言ってみたところで、バルブレンのおっかあとこの先いることはできない。やはり孤児院《こじいん》に送られなければならない。
 わたしはほんとに情《なさ》けなくなって、目にいっぱいなみだをうかべていた。するとヴィタリス老人《ろうじん》が軽くなみだの流れ出したほおをつついた。
「ははあおこぞうさん、大さわぎをやらないのはわけがわかっているのだな。小さい胸《むね》で思案《しあん》をしているのだな。それであしたは……」
「ああ、おじさん、どうぞぼくをおっかあの所へ置《お》いてください。どうぞ置いてください」とわたしはさけんだ。
 カピが大きな声でほえたので、じゃまされてわたしはそれから先が言えなかった。そのとたん犬はジョリクールのすわっていた食卓《しょくたく》のほうへとび上がった。例《れい》のさるはみんながわたしのことで気を取られているすきをねらって、す早く酒をいっぱいついである主人のコップをつかんで、飲み干《ほ》そうとしたのだ。けれどもカピは目早くそれを見つけて止めたのであった。
「ジョリクールさん」とヴィタリスが厳《きび》しい声で言った。「あなたは食いしんぼうのうえにどろぼうです。あそこのすみに行ってかべのほうを向いていなさい。ゼルビノさん、あなたは番をしておいでなさい。動いたらぶっておやり。さてカピさん、あなたはいい犬です。前足をお出しなさい。握手《あくしゅ》をしましょう」
 さるは息づまったような鳴き声を出して、すごすごすみのほうへ行った。幸せな犬は得意《とくい》な顔をして前足を主人に出した。
「さて」と老人《ろうじん》はことばをついで、「先刻《せんこく》の話にもどりましょう。ではこの子に三十フラン出すことにしよう」
「いや、四十フランだ」
 そこでおし問答が始まった。だが老人《ろうじん》はまもなくやめて、「子どもにはおもしろくない話です。外へ出て遊ばせてやるがよろしい」と言った。そうしてバルブレンに目くばせをした。
「よし、じゃあ裏《うら》へ行っていろ。だがにげるな。にげるとひどい目に会わせるから」
 バルブレンがこう言うと、わたしはそのとおりにするほかはなかった。それで裏庭へ出るには出たが、遊ぶ気にはなれない。大きな石にこしをかけて考えこんでいた。
 あの人たちはわたしのことを相談《そうだん》している。どうするつもりだろう。
 心配なのと寒いのとでわたしはふるえていた。二人は長いあいだ話していた。わたしはすわって待っていたが、かれこれ一時間もたってバルブレンが裏《うら》へ出て来た。
 かれは一人であった。あのじいさんにわたしを手わたすつもりで連《つ》れて来たのだな。
「さあ帰るのだ」とかれは言った。
 なに、うちへ帰る。――そうするとバルブレンのおっかあに別《わか》れないでもすむのかな。
 わたしはそう言ってたずねたかったけれども、かれがひどくきげんが悪そうなのでえんりょした。
 それで……だまってうちのほうへ歩いた。
 けれどもうちまで行き着くまえに、先に立って歩いていたバルブレンはふいに立ち止まった。そうして乱暴《らんぼう》にわたしの耳をつかみながらこう言った。
「いいかきさま、ひと言でもきょう聞いたことをしゃべったらひどい目に会わせるから。わかったか」


     おっかあの家

「おや」とバルブレンのおっかあはわたしたちを見て言った。「村長さんはなんと言いましたえ」
「会わなかったよ」
「どうして会わなかったのさ」
「うん、おれはノートルダームで友だちに会った。外へ出るともうおそくなった。だからあしたまた行くことにした」
 それではバルブレンは犬を連《つ》れたじいさんと取り引きをすることはやめたとみえる。
 うちへ帰える道みちもわたしはこれがこの男の手ではないかと疑《うたが》っていたが、いまのことばでその疑《うたが》いは消えて、ひとまず心が落ち着いた。またあした村へ行って村長さんを訪《たず》ねるというのでは、きっとじいさんとのやくそくはできなかったにちがいない。
 バルブレンにはいくらおどかされても、わたしは一人にさえなったら、おっかあにきょうの話をしようと思っていたが、とうとうバルブレン
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