なことには、老人が立ち上がると、ひつじの毛皮服がむずむず動いて、むっくり高くなった。たぶん、もう一ぴき犬をうでの下にかかえているのだとわたしは思った。
この人たちは、いったいわたしをどうしようというのだろう。わたしの心臓《しんぞう》がまたはげしく打ち始めた。わたしはちっとも老人《ろうじん》から目をはなすことができなかった。
「おまえさんはこの子のためにだれか金を出さない以上《いじょう》、自分のうちに置《お》いて養《やしな》っていることはいやだという、それにちがいないのだろう」
「それはそのとおりだ……そのわけは……」
「いや、わけはどうでもよろしい。それはわたしにかかわったことではない。それでもうこの子が要《い》らないというのなら、すぐわたしにください。わたしが引き受けようじゃないか」
「おや、おまえさんはこの子を引き受けると言うのかね」
「だっておまえさんはこの子をほうり出したいんだろう」
「おまえさんにこんなきれいな子をやるのかえ。この子は村でもいちばんかわいい子だ。よく見てくれ」
「よく見ているよ」
「ルミ、ここへ来い」
わたしは食卓《しょくたく》に進み寄《よ》った。ひざはふるえていた。
「これこれぼうや、こわがることはないよ」と老人《ろうじん》は言った。
「さあ、よく見てくれ」とバルブレンは言った。
「わたしはこの子をいやな子だとは言いやしない。またそれならば欲《ほ》しいとも言わない。こっちは化け物は欲しくはないのだ」
「いやはや、こいつがいっそ二つ頭の化け物か、または一寸法師《いっすんぼうし》ででもあったなら……」
「だいじにして孤児院《こじいん》にやりはしないだろう。香具師《やし》に売っても見世物に出しても、その化け物のおかげでお金もうけができようさ。だが子どもは一寸法師でもなければ、化け物でもない。だから見世物にすることはできない。この子はほかの子どもと同じようにできている。なんの役にも立たない」
「仕事はできるよ」
「いや、あまりじょうぶではないからなあ」
「じょうぶでないと、とんでもない話だ。……だれにだって負けはしないのだ。あの足を見なさい。あのとおりしっかりしている。あれよりすらりとした足を見たことがあるかい……」
バルブレンはわたしのズボンをまくり上げた。
「やせすぎている」と老人《ろうじん》は言った。
「それからうでを見ろ」とバルブレンは続《つづ》けた。
「うでも同様だ。――まあこれでもいいが、苦しいことや、つらいことにはたえられそうもない」
「なに、たえられない。ふん、手でさわって調べてみるがいい」
老人《ろうじん》はやせこけた手で、わたしの足にさわってみながら、頭をふったり、顔をしかめたりした。
このまえ、ばくろうが来たときも、こんなふうであったことを、わたしは見て知っていた。その男もやはり牛のからだを手でさわったりつねったりしてみて、頭をふった。この牛はろくでもない牛だ、とても売り物にはならない、などと言ったが、でも牛を買って連《つ》れて行った。
この老人《ろうじん》もたぶんわたしを買って連れて行くだろう。ああバルブレンのおっかあ。バルブレンのおっかあ。
不幸にもここにはおっかあはいなかった。だれもわたしの味方になってくれる者がなかった。
わたしが思い切った子なら、なあにきのうはバルブレンも、わたしを弱い子で、手足がか細くて役に立たぬと非難《ひなん》したのではないかと言ってやるところであった。でもそんなことを言ったら、どなりつけられて、げんこをいただくに決まっているから、わたしはなにも言わなかった。
「まあつまり当たり前の子どもさね。それはそうだが、やはり町の子だよ。百姓《ひゃくしょう》仕事にはたしかに向いてはいないようだ。試《ため》しに畑をやらしてごらん、どれほど続《つづ》くかさ」
「十年は続くよ」
「なあにひと月も続《つづ》くものか」
「まあ、このとおりだ。よく見てくれ」
わたしは食卓《しょくたく》のはしの、ちょうどバルブレンと老人《ろうじん》の間にすわっていたものだから、あっちへつかれ、こっちへおされて、いいようにこづき回された。
「さあ、まずこれだけの子どもとして」と老人《ろうじん》は最後《さいご》に言った。「つまりわたしが引き受けることにしよう。もちろん買い切るのではない、ただ借《か》りるのだ。その借《か》り賃《ちん》に年に二十フラン出すことにしよう」
「たった二十フラン」
「どうして高すぎると思うよ。それも前ばらいにするからね。ほんとうの金貨《きんか》を四|枚《まい》にぎったうえに、やっかいばらいができるのだからね」と老人《ろうじん》は言った。
「だがこの子をうちに置《お》けば、孤児院《こじいん》から毎月十フランずつくれるからな」
「まあくれてもせいぜい七フランか十
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