あ、わたしたちはせっせと働《はたら》きましょう。おまえも働くのだよ」
「ええ、ええ、ぼくはしろということはなんでもきっとしますから、孤児院《こいじん》へだけはやらないでください」
「おお、おお、それはやりはしないから、その代わりすぐねむると言ってやくそくをおし。あの人が帰って来て、おまえの起きているところを見るといけないからね」
 おっかあはわたしにキッスして、かべのほうへわたしの顔を向けた。
 わたしはねむろうと思ったけれども、あんまりひどく感動させられたので、静《しず》かにねむりの国にはいることができなかった。
 じゃあ、あれほど優《やさ》しいバルブレンのおっかあは、わたしのほんとうの母さんではなかったのか。するといったいほんとうの母さんはだれだろう。いまの母さんよりもっと優しい人かしら。どうしてそんなはずがありそうもない。
 だがほんとうの父さんなら、あのバルブレンのように、こわい目でにらみつけたり、わたしにつえをふり上げたりしやしないだろうと思った……。
 あの男はわたしを孤児院《こじいん》へやろうとしている。母さんにはほんとうにそれを引き止める力があるだろうか。
 この村に二人、孤児院から来た子どもがあった。この子たちは、『孤児院の子』と呼《よ》ばれていた。首の回りに番号のはいった鉛《なまり》の札《ふだ》をぶら下げていた。ひどいみなりをして、よごれくさっていた。ほかの子たちがみんなでからかって、石をぶつけたり、迷《まよ》い犬《いぬ》を追って遊ぶように追い回したりした。迷い犬にだれも加勢《かせい》する者がないのだ。
 ああ、わたしはそういう子どものようになりたくない。首の回りに番号札を下げられたくない。わたしの歩いて行くあとから、『やいやい孤児院《こじいん》のがき、やいやい捨《す》て子《ご》』と言ってののしられたくない。
 それを考えただけでも、ぞっと寒気《さむけ》がして、歯ががたがた鳴りだす。わたしはねむることができなかった。やがてバルブレンも、また帰って来るだろう。
 でも幸せと、ずっとおそくまでかれは帰って来なかった。そのうちにわたしもとろろとねむ気《け》がさして来た。


     ヴィタリス親方の一座《いちざ》

 その晩《ばん》一晩、きっと孤児院《こじいん》へ連《つ》れて行かれたゆめばかりを見ていたにちがいない。朝早く目を開いても、自分がいつもの寝台《ねだい》にねているような気がしなかった。わたしは目が覚《さ》めるとさっそく寝台にさわったり、そこらを見回したり、いろいろ試《ため》してみた。ああ、そうだ、わたしはやはりバルブレンのおっかあのうちにいた。
 バルブレンはその朝じゅう、なにもわたしに言わなかった。わたしはかれがもう孤児院《こじいん》へやる考えを捨《す》てたのだと思うようになった。きっとバルブレンのおっかあが、あくまでわたしをうちに置《お》くことに決めたのであろう。
 けれどもお昼ごろになると、バルブレンがわたしに、ぼうしをかぶってついて来いと言った。
 わたしは目つきで母さんに救《すく》いを求《もと》めてみた。かの女もご亭主《ていしゅ》に気がつかないようにして、いっしょに行けと目くばせした。わたしは従《したが》った。かの女は行きがけにわたしの肩《かた》をたたいて、なにも心配することはないからと知らせた。
 なにも言わずにわたしはかれについて行った。
 うちから村まではちょっと一時間の道であった。そのとちゅう、バルブレンはひと言もわたしに口をきかなかった。かれはびっこ引き引き歩いて行った。おりふしふり返って、わたしがついて来るかどうか見ようとした。
 どこへいったいわたしを連《つ》れて行くつもりであろう。
 わたしは心の中でたびたびこの疑問《ぎもん》をくり返してみた。バルブレンのおっかあがいくらだいじょうぶだと目くばせして見せてくれても、わたしにはなにか一大事が起こりそうな気がしてならないので、どうしてにげ出そうかと考えた。
 わたしはわざとのろのろ歩いて、バルブレンにつかまらないようにはなれていて、いざとなればほりの中にでもとびこもうと思った。
 はじめはかれも、あとからわたしがとことこついて来るのて、安心していたらしかった。けれどもまもなく、かれはわたしの心の中を見破《みやぶ》ったらしく、いきなりわたしのうで首をとらえた。
 わたしはいやでもいっしょにくっついて歩かなければならなかった。
 そんなふうにして、わたしたちは村にはいった。すれちがう人がみんなふり返って目を丸《まる》くした。それはまるで、山犬がつなで引かれて行くていさいであった。
 わたしたちが村の居酒屋《いざかや》の前を通ると、入口に立っていた男がバルブレンに声をかけて、中にはいれと言った。バルブレンはわたしの耳を引《ひ》っ張《ぱ》
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