たちは追っ手をはるかぬいてしまった。けれどもやはりどんどんかけ続《つづ》けて、いよいよ息がつけなくなるまで止まらなかった。わたしたちは少なくとも三マイル(約五キロ)も走った。ふり返って見るともうだれも追っかけて来なかった。カピとドルスはやはりわたしのすぐ後について来た。ゼルビノは遠くにはなれていた。たぶんぬすんだ肉を食べるので手間を取ったのであろう。
わたしはかれを呼《よ》んだ。けれどもかれはひどい刑罰《けいばつ》に会うことを知りすぎるほど知っていた。そこでわたしのほうへは寄《よ》って来ないで、できるだけ早くかけ出したのである。かれは飢《う》えていた。それだから肉をぬすんだのだ。けれどもわたしはそれを口実《こうじつ》として許《ゆる》すことはできなかった。かれはぬすみをした。わたしが仲間《なかま》の間に規律《きりつ》を保《たも》とうとすれば、罪《つみ》を犯《おか》したものは罰《ばっ》せられなければならない。それをしなかったら、つぎの村へ行って、今度はドルスが同じ事をするであろう。そうなるとカピまでが誘惑《ゆうわく》に負けないとは言えぬ。
わたしはゼルビノに対し、公然刑罰《こうぜんけいばつ》を加《くわ》えなければならなかった。けれどもそれをするためにはかれをつかまえなければならなかった。それはたやすいことではなかった。
わたしはカピのほうへ向いた。
「行ってゼルビノを探《さが》しておいで」とわたしは重おもしく言った。
かれはさっそく言いつけられたとおりするために出て行った。けれどもいつものような元気のないことをわたしは見た。かれの顔つきを見ていると、憲兵《けんぺい》としてかれはわたしの言いつけを果《は》たすよりも、弁護人《べんごにん》としてゼルビノをかばってやりたいように見えた。
わたしはかれが囚人《しゅうじん》を連《つ》れて帰って来るのを、べんべんとこしかけて待つほかはなかった。気ちがいじみたかけっこをしたあとで、休息するのがうれしかった。わたしたちが休んだ所はちょうどこんもりした木かげと、両側《りょうがわ》に広びろと野原の開けた、堀割《ほりわり》の岸であった。ツールーズを出て初《はじ》めて、青あおした、すずしいいなか道に出たのだ。
一時間たったが、犬たちは帰って来なかった。わたしはそろそろ心配になりだしたとき、やっとカピが独《ひと》りぼっち首をうなだれたまま帰って来た。
「ゼルビノはどうした」
カピはおどおどした様子で、平伏《へいふく》した。わたしはかれのかたっぽの耳から血の出ているのを見た。わたしはそれで様子をさとった。ゼルビノはこの憲兵《けんぺい》に戦《たたか》いをしかけてきたのである。わたしはカピがそうして、いやいやわたしの命令《めいれい》に従《したが》いながらも、ゼルビノとの格闘《かくとう》にわざと負けてやったことがわかった。そしてそのため自分もやはりしかられるものと覚悟《かくご》しているらしく思われた。
わたしはかれをしかることができなかった。わたしはしかたがないから、ゼルビノが自分から帰って来るときを待つことにした。わたしはかれがおそかれ早かれ後悔《こうかい》して帰って来て、刑罰《けいばつ》を受けるだろうと思っていた。
わたしは一本の木の下に、手足をふみのばして横《よこ》になった。ジョリクールはしっかりとうでにだいていた。それはこのさるまでがゼルビノと仲間《なかま》になる気を起こすといけないと思ったからであった。ドルスとカピはわたしの足の下でねむっていた。時間がたった。ゼルビノは出て来なかった。とうとうわたしもうとうととねむりこけた。
四、五時間たってわたしは目を覚ました。日かげでもう時刻のよほどたったことがわかったが、それは日かげを見て知るまでもなかった。わたしの胃ぶくろは一きれのパンを食べてからもう久《ひさ》しい時間のたつことをわめきたてていた。それに二ひきの犬とジョリクールの顔つきだけでも、かれらの飢《う》えきっていることはわかった。カピとドルスは情《なさ》けない目つきをして、じっとわたしを見つめた。ジョリクールはしかめっ面《つら》をしていた。
でもやはりゼルビノは帰ってはいなかった。
わたしはかれを呼《よ》びたてたり、口ぶえをふいたりしたけれどもむだであった。たぶんごちそうをせしめたので、すっかり腹《はら》がふくれて、どこかのやぶの中に転《ころ》がって、ゆっくり消化させているのであろう。
やっかいなことになってきた。わたしがここを立ち去れば、ゼルビノはわたしたちを見つけることができないから、そのまま行くえ知れずになってしまう。かといってここにこのままいては、少しでも食べ物を買うお金をもうける機会《きかい》がまるでなかった。
わたしたちの空腹《くうふく》はいよいよやりきれなくなって
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