い子が初《はじ》めて、うちの中からちょこちょことかけ出して、わたしたちのほうへやって来た。
きっと母親があとからついて来るであろう。その母親のあとから、仲間《なかま》が出て来るだろう。そうして見物ができれば、少しのお金が取れるであろう。
わたしは子どもをおびえさせまいと思って、まえよりは静《しず》かにひいた。そうして少しでもそばへ引《ひ》き寄《よ》せようとした。両手を延《の》ばして、片足《かたあし》ずつよちよち上げて、かれは歩いて来た。もう二足か三足で、子どもはわたしたちの所へ来る。ふと、そのしゅんかん母親はふり向いた。きっと子どもの姿《すがた》の見えないのを見て、びっくりするにちがいない。
でもかの女はやっと子どもの行くえを見つけると、わたしの思ったようにすぐあとからかけては来ないで自分のほうへ呼《よ》び返した。すると子どもはおとなしくふり返って母親のほうへ帰って行った。
きっとこのへんの人は、ダンスも音楽も好《す》かないのだ。きっとそんなことであった。
わたしはゼルビノとドルスを休ませて、今度は、わたしの好《す》きな小唄《こうた》を歌い始めた。わたしはこんなにいっしょうけんめいになったことはなかった。
二|節《せつ》目の終わりになったとき、背広《せびろ》を着て、ラシャのぼうしをかぶった男が目にはいった。その男はわたしのほうへ歩いて来るらしかった。
とうとうやって来たな。
わたしはそう思って、いよいよむちゅうになって歌った。
「これこれこぞう、ここでなにをしている」と、その男はどなった。
わたしはびっくりして歌をやめた。ぽかんと口を開いたまま、そはへ寄《よ》って来るその男をぼんやりながめた。
「なにをしているというのだ」
「はい、歌を歌っています」
「おまえはここで歌を歌う許可《きょか》を得《え》たか」
「いいえ」
「ふん、じやあ行け。行かないと拘引《こういん》するぞ」
「でも、あなた……」
「あなたとはなんだ、農林監察官《のうりんかんさつかん》を知らないか。出て行け、こじきこぞうめ」
ははあ、これが農林監察官か。わたしは親方の見せたお手本で、警官《けいかん》や監察官《かんさつかん》に反抗《はんこう》すると、どんな目に会うかわかっていた。わたしはかれに二度と命令《めいれい》をくり返させなかった。わたしは急いでわき道へにげだした。
こじきこぞうか、ひどい言いぐさだ。わたしはこじきはしなかった。わたしは歌を歌ったまでだ。
五分とたたないうちに、わたしはこの人情《にんじょう》のない、そのくせいやに監視《かんし》の行き届《とど》いている村をはなれた。
犬たちは頭《かしら》を垂《た》れて、すごすごあとからついて来た。きっとつまらない目に会ったことを知っていた。
カピはしじゅうわたしたちの先頭に立って歩いていた。ときどきふり向いては例《れい》のりこうそうな目で、いったいどうしたのですと言いたそうに見えた。ほかのものがかれの位置《いち》に置《お》かれたのだったら、きっとわたしにそれをたずねたであろうけれども、カピはそんな無作法《ぶさほう》をするには、あんまりよくしつけられていた。
かれはふに落ちないのを、いっしょうけんめいがまんしているふうを見せるだけで満足《まんぞく》していた。
ずっと遠くこの村からはなれたとき、わたしは初《はじ》めてかれらに(止まれ)という合図をした。それで三びきの犬はわたしの回りに輪《わ》を作った。そのまん中にはカピがじっとわたしに目をすえていた。
わたしはかれらがわからずにいることを、ここで説明《せつめい》してやらなければならなかった。「わたしたちは興行《こうぎょう》の許可《きょか》を得《え》ていないから、追い出されたのだよ」とわたしは言った。
「へえ、それではどうしましょう」と、カピは首を一ふりふってたずねた。
「だからわたしたちは今夜はどこか野天でねむって、晩飯《ばんめし》なしに歩くのだ」
晩飯《ばんめし》ということばに、みんないちどにほえた。わたしはかれらに三スーの銭《ぜに》を見せた。
「知ってるとおり、わたしの持っているのはこれだけだ。今夜この三スーを使ってしまえば、あしたの朝飯《あさめし》になにも残《のこ》らない。きょうはとにかく少しでも食べたのだから、これはあしたまでとっておくほうがいいようだ」こう言って、わたしは三スーをまたかくしに入れた。
カピとドルスはあきらめたように首を下げた。けれどもそれほどすなおでなかったし、そのうえ大食らいであったゼルビノは、いつまでもぶうぶううなっていた。わたしはこわい目をしてかれを見たが、効《き》き目《め》がなかった。
「カピ、ゼルビノに言ってお聞かせ。あれはわからないようだから」と、わたしは忠実《ちゅうじつ》なカピに言った。
カ
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