。どこへ行っても食べるには金が要《い》るし、宿屋《やどや》へとまれば宿銭《やどせん》を取られる。それにねむる場所を見つけるくらいはたいしたことではなかった。このごろの暖《あたた》かい季節《きせつ》ではわたしたちは野天にねむることができた。
さしせまっているのは食物だ。
一休みもせずに、わたしたちは二時間ばかり歩き続《つづ》けたあとで、やっと立ち止まることができた。そのあいだ犬たちはたのむような目つきでしじゅうわたしの顔を見た。ジョリクールは耳を引《ひ》っ張《ぱ》って、絶《た》えずおなかをさすっていた。
とうとう、わたしはここまで来ればもうなにもこわがることはないと思うところまで来てしまった。わたしはすぐそこにあったパン屋にとびこんだ。
わたしは一|斤半《きんはん》パンを切ってくれと言った。
「おまえさん、二斤におしなさいな。二斤のパンはどうしても要《い》りますよ」とおかみさんは言った。「それでもそれだけの同勢《どうぜい》にはたっぷりとは言えない。かわいそうに、畜生《ちくしょう》にはじゅうぶん食べさしておやんなさい」
おお、どうして、むろんわたしの同勢にはたっぷりではなかった。けれどもわたしの財布《さいふ》にはたっぷりすぎた。
パンは一|斤《きん》五スーであった。二斤買えば十スーになる。わたしはあしたどうなるかわからないのに、手もとを使いきるのはりこうなことではなかった。わたしはおかみさんに打ち明けて一斤半でたくさんだというわけを話して、それ以上《いじょう》を切《き》らないようにていねいにたのんだ。
わたしは両うでにしっかりパンをかかえて店を出た。犬たちがうれしがって回りをとび回った。ジョリクールが髪《かみ》の毛《け》を引《ひ》っ張《ぱ》ってうれしそうにくっくっと笑《わら》った。
わたしたちはそこから遠くへは行かなかった。
まっ先に目に当たった道ばたの木の下でわたしはハープを幹《みき》によせかけて、草の上にすわった。犬たちはわたしの向こうにすわった。カピはまん中に、ドルスとゼルビノはその両わきにすわった。くたびれていないジョリクールは、きょろきょろとうの目たかの目で、なんでもまっ先に一きれせしめようとねらっていた。
パンを同じ大きさに分けるのはむずかしい仕事であった。わたしはできるだけ同じ大きさにして、五きれにパンを切った。そのうえいくつかの小さなきれに割って一きれずつめいめいに分けた。
わたしたちよりずっと少食だったジョリクールはわりがよかった。それでかれがすっかり満腹《まんぷく》してしまったとき、わたしたちはやはり腹《はら》がすいていた。わたしはかれのぶんから三きれ取って背嚢《はいのう》の中にかくして、あとで犬たちにやることにした。それからまだ少し残《のこ》っていたので、わたしはそれを四つにちぎって、てんでに一きれずつ分けた。それが食後のお菓子《かし》であった。
このごちそうがけっして食後の卓上演説《たくじょうえんぜつ》を必要《ひつよう》とするほどりっぱなものではなかったのはもちろんであるが、わたしは食事がすんだところで、いまがちょうど仲間《なかま》の者に二言三言いいわたす機会だと感じた。わたしはしぜんかれらの首領《しゅりょう》ではあったが、この重大な場合に当たって、かれらに死生をともにすることを望《のぞ》むだけの威望《いぼう》の足《た》りないことを感じていた。
カピはおそらくわたしの意中を察《さっ》したのであろう。それでかれはその大きなりこうそうな目を、じつとわたしの日の上にすえてすわっていた。
「さて、カピ、それからドルスも、ゼルビノも、ジョリクールも、みんなよくお聞き。わたしはおまえたちに悲しい知らせを伝《つた》えなければならないのだよ。わたしたちはこれから二か月も親方に会うことができないのだよ」
「ワウ」とカピがほえた。
「これは親方のためにも困《こま》ったことだし、わたしたちのためにも困ったことなのだ。なぜといって、わたしたちはなにもかも親方にたよっていたのだから、それがいま親方がいなくなれば、わたしたちにはだいいちお金がないのだ」
この金ということばを言いだすと、カピはよく知っていて、後足で立ち上がって、ひょこひょこ回り始めた。それはいつも『ご臨席《りんせき》の貴賓諸君《きひんしょくん》』から金を集めて回るときにすることであった。
「ああ、おまえは芝居《しばい》をやれというのだね。カピ」とわたしは言った。「それはいい考えだが、どこまでわたしたちにできるだろうか。そこが考えものだよ。うまくゆかない場合には、わたしたちはもうたった三スーしか持っていない。だからどうしても食べずにいるほかはない。そういうわけだから、ここはたいせつなときだと思って、おまえたちはみんなおとなしくぼくの言うことを聞
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