た。それを見るとみんな笑《わら》いだして、うれしがってときの声を上げた。
じょうだんや、嘲笑《ちょうしょう》のささやきがそこここに起こった。
「どうもりこうな犬じゃないか。あいつは金を持っている人といない人を知っている」
「そら、ここに手をかけた」
「出すだろうよ」
「出すもんか」
「おじさんから遺産《いさん》をもらったくせに、けちな男だなあ」
さてとうとう銀貨《ぎんか》が一|枚《まい》おく深《ふか》いかくしの中からほり出されて、ぼんの中にはいることになった。そのあいだ親方は一|言《ごん》もものは言わずに、カピのぼんを目で見送りながら、おもしろそうにヴァイオリンをひいた。まもなくカピが得意《とくい》らしくぼんにいっぱいお金を入れて帰って来た。
いよいよ芝居《しばい》の始まりである。
「さてだんなさまがたおよびおくさまがたに申し上げます」
親方は、片手《かたて》に弓《ゆみ》、片手にヴァイオリンを持って、身ぶりをしながら口上《こうじょう》を述《の》べだした。
「これより『ジョリクール氏《し》の家来。一名とんだあほうの取りちがえ』と題しまするゆかいな喜劇《きげき》をごらんにいれたてまつります。わたくしほどの芸人《げいにん》が、手前みそに狂言《きょうげん》の功能《こうのう》をならべたり、一座《いちざ》の役者のちょうちん持ちをして、自分から品《ひん》を下げるようなことはいたしませぬ。ただ一|言《ごん》申しますることは、どうぞよくよくお目止められ、お耳止められ、お手拍子《てびょうし》ごかっさいのご用意を願《ねが》っておくことだけでございます。始《はじ》まり」
親方はゆかいな喜劇《きげき》だと言ったが、じつはだんまりの身ぶり狂言《きょうげん》にすぎなかった。それもそのはずで、立役者《たてやくしゃ》の二人まで、ジョリクールも、カピもひと言も口はきけなかったし、第三の役者のわたしもふた言とは言うことがなかった。
けれども見物に芝居《しばい》をよくわからせるために、親方は芝居の進むにつれて、かどかどを音楽入りで説明《せつめい》した。
そこでたとえば勇《いさ》ましい戦争《せんそう》の曲をひきながら、かれはジョリクール大将《たいしょう》が登場を知らせた。大将はインドの戦争でたびたび功名《こうみょう》を現《あらわ》して、いまの高い地位《ちい》にのぼったのである。これまで大将はカ
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