へや》にはいった。
くぎを打ったくつなんぞを、どうしてこんな気味の悪い所で売っているだろう。
けれども老人《ろうじん》にはわかっていた。それでまもなくわたしは、これまでの木ぐつの十倍《ばい》も重たい、くぎを打ったくつをはくことになった。うれしいな。
老人の情《なさ》けはそれだけではなかった。かれはわたしに水色ビロードの上着と、毛織《けお》りのズボンと、フェルトぼうしまで買ってくれた。かれのやくそくしただけの品は残《のこ》らずそろった。
まあ、麻《あさ》の着物のほか着たことのなかったわたしにとって、ビロードの服のめずらしかったこと。それにくつは。ぼうしは。わたしはたしかに世界じゅうでいちばん幸福な、いちばん気前のいい大金持ちであった。ほんとうにこの老人《ろうじん》は世界じゅうでいちばんいい人でいちばん情《なさ》け深い人だと思われた。
もっともそのビロードは油じみていたし、毛織《けお》りのズボンはかなり破《やぶ》れていた。それにフェルトぼうしのフェルトもしたたか雨によごれて、もとの色がなんであったかわからないくらいであった。けれどもわたしはむやみにうれしくって、品物のよしあしなどはわからなかった。
ところで宿屋《やどや》に帰ってから、さっそくこのきれいな着物を着たいとあせっていたわたしをびっくりさせもし、つまらなくもさせたことは、老人《ろうじん》がはさみでそのズボンのすそをわたしのひざの長さまで切ってしまったことであった。
わたしは丸い目をしてかれの顔を見た。
「これはおまえをほかの子どもと同じように見せないためだよ。フランスではおまえはイタリアの子どものようなふうをするのだ。イタリアではフランスの子どものようなふうをするのだ」とかれは説明《せつめい》した。
わたしはいよいよびっくりしてしまった。
「わたしたちは芸人《げいにん》だろう。なあ。それだから当たり前の人のようなふうをしてはならないのだ。われわれがここらのいなかの人間のようなふうをして歩いたら、だれが目をつけると思うか。わたしたちはどこでも立ち止まれば、回りに人を集めなければならない。困ったことには、なんでもていさいを作るということが、この世の中でかんじんなことなのだよ」
こういうわけで、わたしは朝まではフランスの子どもであったが、その晩《ばん》はもうイタリアの子どもになっていた。
ズボンは
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