いうのであろう。
やがてかれはわたしのすぐそばのわらの上に転《ころ》げて、それはごく静《しず》かにわたしの手をなめ始めた。
わたしもうれしくなって、わらのとこの上に半分起き返って、犬の首を両うでにかかえて、その冷《つめ》たい鼻にキッスした。かれはわずか息のつまったような泣《な》き声《ごえ》を立てたが、やがて手早く前足をわたしの手に預《あず》けて、じつとおとなしくしていた。
わたしはつかれも悲しみも忘《わす》れた。息苦しいのどがからっとして、息がすうすうできるようになった。ああ、わたしはもう一人ではなかった。わたしには友だちがあった。
初舞台《はつぶたい》
そのあくる日は早く出発した。
空は青あおと晴れて、夜中のから風がぬかるみをかわかしてくれた。小鳥が林の中でおもしろそうにさえずっていた。三びきの犬はわたしたちの回りにもつれていた。ときどきカピが後足で立ち上がって、わたしの顔を見ては二、三度|続《つづ》けてほえた。かれの心持ちはわたしにはわかっていた。
「元気を出せ、しっかり、しっかり」
こう言っているのであった。
かれはりこうな犬であった。なんでもわかるし、人にわからせることも知っていた。この犬の尾《お》のふり方にはたいていの人の舌《した》や口で言う以上《いじょう》の頓知《とんち》と能弁《のうべん》がふくまれていた。わたしとカピの間にはことばは要《い》らなかった。初《はじ》めての日からおたがいの心持ちはわかっていた。
わたしはこれまで村の外には出たことがなかったし、初《はじ》めて町を見るのはなにより楽しみであった。
でもユッセルの町は子どもの目にそんなに美しくはなかったし、それに町の塔《とう》や古い建物《たてもの》などよりも、もっと気になるのはくつ屋の店であった。
老人《ろうじん》がやくそくをしたくぎを打ったくつのある店はどこだろう。
わたしたちがユッセルの古い町を通って行ったとき、わたしはきょろきょろそこらを見回した。ふと老人は市場《いちば》の後ろの一けんの店にはいった。店の外に古い鉄砲《てっぽう》だの、金モールのへりのついた服だの、ランプだの、さびたかぎだのがつるしてあった。
わたしたちは三段《だん》ほど段を下りてはいってみると、それはもう屋根がふけてからのち、太陽の光がついぞ一度もさしこまなかったと思われる大きな部屋《
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