であろう。わたしたちはてんでんに腹《はら》をすかしきっていた。肉をぬすんで少しは腹《はら》にこたえのあるはずのゼルビノまでが、がつがつしていた。
「きみはぼくたちに会わなかったら、きょうの昼飯《ひるめし》はどうするつもりだったの」とアーサがたずねた。
「なにを食べるか当てがなかったのです」
「じゃああしたは」
「たぶんあしたはまた運よく、きょうのようなお客さまにどこかで会うだろうと思います」
 アーサはわたしとの話を打ち切って、そのとき母親のほうにふり向いた。しばらくのあいだかれらは外国語で話をしていた。かれはなにかを求《もと》めているらしかったが、それを母親は初《はじ》めのうち承知《しょうち》したがらないように見えた。
 するうち、ふと子どもはくるりと向き返った。かれのからだは動かなかった。
「きみはぼくたちといっしょにいるのはいやですか」とかれはたずねた。
 わたしはすぐ返事はしないで、顔だけ見ていた。わたしはこのだしぬけの質問《しつもん》にめんくらわされていた。
「この子があなたがたにいっしょにいてくださればいいと言っているのですよ」と貴婦人《きふじん》がくり返した。
「この船にですか」
「そうですよ。この子は病気で、この板にからだを結《ゆわ》えつけていなければならないのです。それで昼間のうち少しでもゆかいにくらせるように、こうして船こ乗せて外へ出るのです。それであなたがたの親方が監獄《かんごく》にはいっておいでのあいだ、よければここにわたしたちといっしょにいてください。あなたのその犬とおさるが毎日|芸《げい》をしてくれば、アーサとわたしが見物になってあげる。あなたはハープをひいてくれるでしょう。それであなたはわたしたちに務《つと》めてくれることになるし、わたしたちはわたしたちで、あなたがたのお役に立つこともありましょう」
 船の上で。わたしはまだ船の上でくらしたことがなかったが、それはわたしの久《ひさ》しい望《のぞ》みであった。なんといううれしいこと。わたしは幸福に心のくらむような感じがした。なんという親切な人たちだろう。わたしはなんと言っていいかわからなかった。
 わたしは貴婦人《きふじん》の手を取ってキッスした。
「かわいそうに」とかの女は優《やさ》しく言った。
 かの女はわたしのハープを聞きたいと言った。そのくらい手軽ななぐさみですむことなら、わたしは
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