した。わたしはこの美しい婦人《ふじん》の前では一種《いっしゅ》のおそれを感じたけれども、貴婦人《きふじん》はひじょうに親切に話しかけてくれたし、その声はいかにも優《やさ》しかったから、わたしはほんとうのことを打ち明ける決心をした。またそれをしてならない理由はなにもなかった。
 そこでわたしは貴婦人《きふじん》に向かって、ヴィタリスとわたしが別《わか》れたいちぶしじゅうを話した。ヴィタリス親方がわたしを保護《ほご》するために、刑務所《けいむしょ》に連《つ》れて行かれたこと、それから親方がいなくなってから、金を取ることができなくなった次第を話した。
 わたしが話をしているあいだ、アーサは犬と遊んでいたが、わたしの言ったことばはよく耳に止めていた。
「じゃあきみたち、みんなずいぶんおなかがすいているだろう」とかれは言った。
 このことばを動物たちはよく知っていて、犬は喜《よろこ》んでほえ始めるし、ジョリクールははげしくおなかをこすった。
「ああ、お母さま」とアーサがさけんだ。
 貴婦人《きふじん》は聞き知らないことばで、半分開けたドアのすきから頭を出しかけていた女中に、なにか二言三言いった。まもなく女中は食物をのせたテーブルを運んで来た。
「おかけ」と貴婦人は言った。
 わたしは言われるままにさっそく、ハープをわきへ置《お》いて、テーブルの前のいすにこしをかけた。犬たちはわたしの回りに列を作ってならんだ。ジョリクールはわたしのひざの上でおどっていた。
「きみの犬はパンを食べるの」とアーサはたずねた。
「パンを食べるどころですか」
 わたしが一きれずつ切ってやると、かれらはむさぼるようにして見るまに平《たい》らげてしまった。
「それからおさるは」とアーサは言った。
 けれども、ジョリクールのことで気をもむ必要《ひつよう》もなかった。わたしが犬にやっているあいだ、かれは横合いから肉入りのパンを一きれさらって、テーブルの下にもぐって、息のつまるほどほおばっていた。
 わたし自身もパンを食べた。ジョリクールのようにのどにはつまらせなかったけれど、同じようにがつがつして、もっとたくさんほおばった。
「かわいそうに、かわいそうに」と貴婦人《きふじん》は言った。
 アーサはなにも言わなかったが、大きな目を見張《みは》ってわたしたちをながめていた。わたしたちのよく食べるのにびっくりしたの
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