》しようとした警官《けいかん》を何回も打ったことを承認《しょうにん》するか」と、裁判官は言った。
「何回も打ちはいたしません、閣下《かっか》」と親方は言った。「わたしはただ一度手を上げました。わたくしはいつもの演芸《えんげい》をいたしまする場所にまいりますと、ちょうど警官がわたくしの連《つ》れています子どもを地の上に打ちたおすところを見たのでございます」
「その子はおまえの子ではないだろう」
「はい、しかしわたくしの実子同様にかわいがっております。それで警官《けいかん》がかれを打ちますところを見て、わたしはかっととりのぼせまして、警官が打とうとする手をおさえました」
「おまえは警官を打ったろう」
「警官《けいかん》がわたくしに向かって手をあげましたから、わたくしはもはや警官としてではない、通常の人としてこれに向かってのであります。まったくいかりに乗じた結果《けっか》であります」
「おまえぐらいの年輩《ねんぱい》でいかりに乗ずるということはないはずだ」
「そうです。そういうはずはないのですが、人はおうおう不幸《ふこう》にして過失《かしつ》におちいりやすいのです」
 巡査《じゅんさ》はそれから自分の言い分を申し立てた。それは打たれたことよりも、より多く自分が嘲弄《ちょうろう》(あざける)された事実についてであった。
 親方の目はそのあいだ部屋《へや》の中を探《さが》すようであった。それはわたしがいるかどうか探しているのだということがわかっていたから、わたしは思い切ってかくれ場所からとび出して、おおぜいの中をおし分けながら、前へ出て、いちばん前の列の、かれの席《せき》に近い所へ出た。かれのさびしい顔はわたしを見るとかがやきだした。わたしの目にもなみだがあふれ出した。
 まもなく裁判《さいばん》は決まった。かれは二か月の禁固《きんこ》と、百フランの罰金《ばっきん》に処《しょ》せられることになった。
 ああ、二か月の禁固《きんこ》。
 ドアは開かれた。なみだにぬれた目の中からわたしは、かれが憲兵《けんぺい》のあとからついて行くのを見た。ドアはその後ろからばたんと閉《と》ざされた。ああ、二か月の別《わか》れ。
 どこへわたしは行こう。


     船の上

 わたしが重たい心で、赤い目をふきふき宿屋《やどや》に帰ると、ちょうど亭主《ていしゅ》が庭に出ていた。
 わたしは犬のい
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