》が残《のこ》っていまの事件《じけん》を論《ろん》じ合っていた。
「あのじいさんがもっともだよ」
「いや、あの男がまちがっている」
「なんだって巡査《じゅんさ》は子どもを打ったのだ。子どもはなにもしやしなかった。ひと言だって口をききはしなかった」
「とんだ災難《さいなん》さ。巡査に反抗《はんこう》したことを証明《しょうめい》すれば、あのじいさんは刑務所《けいむしょ》へやられるだろう、きっと」
わたしはがっかりして宿屋《やどや》へ帰った。
わたしはこのころでは毎日だんだんと親方が好《す》きになっていた。わたしたちは朝から晩《ばん》までいっしょにくらしてきた。どうかすると夜から朝までも同じわらのねどこにねむっていた。どんな父親だって、かれがわたしに見せたような行《ゆ》き届《とど》いた注意をその子どもに見せることはできなかった。かれはわたしに字を読むことも、計算することも教えてくれたし、歌を歌うことも教えてくれた。長い流浪《るろう》の旅のあいだに、かれはこのことあのことといろいろにしこんでくれた。たいへん寒い日には、毛布《もうふ》を半分わけてくれたし、暑い日にはいつもわたしの代わりに荷物をかついでくれた。それから食事のときでもかれはけっして、自分がいい所を食べて悪い所をわたしにくれるというようなことはしなかった。それどころか、かれはいい所も悪い所も同じように分けてくれた。なるほどときどきはわたしがいやなほど、ひどく乱暴《らんぼう》に耳を引《ひ》っ張《ぱ》ることもあったけれど、わたしに過失《かしつ》があれば、それもしかたがなかった。一|言《ごん》で言えばわたしはかれを愛《あい》していたし、かれはわたしを愛していた。
だからこの別《わか》れはわたしにはなによりつらいことであった。
いつまたいっしょになれるだろうか。
いったいどのくらい牢屋《ろうや》へ入れておくつもりなのだろう。
そのあいだわたしはどうしたらいいだろう。どうして生きてゆこう。
ヴィタリス親方はいつもからだに金《かね》をつけている習慣《しゅうかん》であった。それが引《ひ》っ張《ぱ》られて行くときになにもわたしに置《お》いて行くひまがなかった。
わたしはかくしに五、六スーしか持っていなかった。それだけでジョリクールと犬とわたしの食べるだけの物が買えようか。
わたしはそれから二日のあいだ、宿屋《やど
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