? 皆、古鞄の中にあったのよ。魔法の神に伺ってみたら、トランクを開けてみろと仰しゃったの。」
「でも、お嬢さん、セエラ嬢さんにいちいち何だか話しておもらいなさい。ね、あれはみんな――セエラ嬢さん、この方にも話しておあげなさいよ。」
 で、セエラはアアミンガアドに、黄金《こがね》のお皿のこと、まる天井のこと、燃えさかる丸太のこと、きらめく蝋燭のことなどを話して聞かせました。魔法の力の助けで、アアミンガアドもそれらのものを朧《おぼろ》に見る気がしました。手籠の中から、寒天菓子や、果物や、ボンボンや、葡萄酒が取り出されるにつれ、宴会はすばらしいものになって来ました。
「まるで、夜会ね。」と、アアミンガアドは叫びました。
「女王《クウィイン》様の食卓みたいだわ。」と、ベッキイは吐息をつきました。
 すると、アアミンガアドは眼を光らせて、
「こうしましょう、ね、セエラ。あなたは宮様《プリンセス》で、これは宮中《きゅうちゅう》の御宴《ぎょえん》なの。」
「でも、今日の主催者はあなたじゃアないの。だから、あなたが宮様《プリンセス》で、私達は女官なの。」
「あら、私なんか肥っちょだから駄目よ。それに宮様《プリンセス》はどうするものだか、知らないんですもの。だから、やっぱりあなたの方がいいわ。」
「あなたがそう仰しゃるなら、それでもいいわ。」それから、またセエラは何か思いついたらしく、さびた煖炉の所に飛んで行きました。
「紙屑や塵がたまってるから、これに灯をつけると、ちょっと明くなるわ。すると、ほんとうに火のあるような気がするでしょう。」
 セエラは火をつけると、優雅《しとやか》に手をあげて、皆をまた食卓へ導きました。
「さア、お進みなされ御婦人方。饗宴のむしろにおつき召されよ。わがやんごとなき父君、国王様には、只今、長《なが》の旅路におわせど、そなた達を饗宴に招《しょう》ぜよと、妾《わらわ》に御諚《ごじょう》下されしぞ。何じゃ、楽士共か。六絃琴《ヴァイオル》、また低音喇叭《バッスウン》を奏でてたもれ。」そういってから、セエラは二人にいってきかせました。
「宮様《プリンセス》方の宴会には、きっと音楽があったものなのよ。だから、あの隅に奏楽場《そうがくじょう》があるつもり[#「つもり」に傍点]にしましょう。さ、始めましょう。」
 皆がお菓子をやっと手にとるかとらないうち、三人は思わず飛び上って、真蒼な顔を戸口の方へ向け、息をこらして耳を澄ましました。誰かが梯子を上って来るのです。もう何もかもおしまいだと、皆は思いました。
「きっと奥様よ。」ベッキーは思わずお菓子のかけらを取り落しました。
「そうよ。先生に見付かったのだわ。」
 セエラも真蒼になって、眼を見張りました。
 ミンチン先生は扉を叩きあけて入って来ました。怒りのあまり、先生の顔も真蒼でした。
「何かこそこそやってるようだとは思ってたけど、こんな大胆不敵なことをしようとは夢にも思わなかった。ラヴィニアのいったのはほんとうだ。」
 告口《つげぐち》をしたのはラヴィニアだと、三人は知りました。ミンチン先生は、足を鳴らして進みよると、またベッキイの耳を打ちました。
「畜生《ちくしょう》め、夜があけたら、さっさと出て行け。」
 セエラは身動きもせず立っていました。眼はいよいよ大きくなり、顔色はますます蒼ざめていきました。アアミンガアドはわっと泣き出しました。
「どうか、ベッキイを逐い出さないで下さい。伯母さんがこの手籠を下すったので、みんなで、ただあの――宴会ごっこをしていたのです。」
「案の定、プリンセス・セエラが上座に坐ってるね。皆セエラの仕業なんだ。ちゃんと解ってるよ。ベッキイ、お前はさっさと自分の部屋に帰れ。セエラ、お前の罰は明日だ。明日は朝から晩まで、何にも食べさしてやらないから。」
「今日だって、お午《ひる》も晩もいただきませんでしたよ。」
「そんならなおいいさ。何か心にこたえることをしてやらなければ。アアミンガアド、ぼんやり立ってるんじゃアないよ。食物を皆手籠にしまうんだよ。」
 ミンチン先生は、自分でテエブルの上のものを手籠の中へ払い落しましたが、またしてもセエラが大きな眼をして見詰めているのに気がつくと、先生はセエラに食ってかかりました。
「何を考えてるんだよ。なんだって、そんな眼をして私を見るんだよ。」
「私、お父様がこれを御覧になったら、何と仰しゃるだろう、と思っていましたの。」
 それを聞くと先生は、いつかの時のように腹が立ってたまらなくなりました。で、思わずセエラに飛びかかって、彼女のからだをゆすぶりました。
「まア、失敬な! ずうずうしいにも程がある。」
 先生は手籠や本をアアミンガアドの腕に押しこみ、彼女を小突いて先に立てながら、セエラの部屋を出て行きました。
 夢はすっかりさめてしまいました。炉の中の紙屑は消えて黒い燃殻《もえがら》になり、テエブルの上に飾ったものは、鞄の中にあった時のように古ぼけて、床に散らばっていました。セエラはエミリイが壁に寄りかかっているのを見付けると、震える手で抱き上げました。
「もう御馳走どころじゃアないのよ。宮様《プリンセス》もなにもいやしないのよ。バスティユの囚人がここにいるばかりだわ。」
 セエラはべたりと坐って、両手で顔を被おうとしました。その間にさっきの黒い顔が、また天窓の上に現れました。が、セエラはそれには気がつきませんでした。セエラはやがて立ち上って寝床の方に行きました。もう何のつもり[#「つもり」に傍点]になる張合《はりあい》もありませんでした。
「あの炉に火が入っているといいな。火の前には、気持のいい椅子テエブルがあって、暖かな晩御飯が乗っているといいな。それから、あの――」と薄っぺらな夜具をかけながら、「これが、柔かな寝台で、羊毛の毛布や、ふうわりした枕がついているのだったら、そして、それから――」
 セエラは思っているうち疲れはてて、いつかぐっすり眠ってしまいました。
          *        *        *
              *        *        *
 どれほど眠ったか、セエラには判りませんでした。彼女は疲れきっていましたので、メルチセデクが騒いでも、天窓から誰かが入って来ても、何にも知らずにぐっすり眠っておりました。
 天窓がぱたりと閉る音を聞いたと思いましたが、セエラは眠くてたまらないので――それに、何か妙にぽかぽか温かくて気持がいいので、すぐには眼を開けませんでした。余りの気持よさに、セエラは何だかまだ夢心地だったのでした。
「いい夢だわ。私、覚めなければいいと思うわ。」
 まったく夢にちがいありません。温かな夜具もかかっているようですし、毛布の肌触りも感ぜられます。手を出すと、繻子《しゅす》の羽根蒲団《はねぶとん》らしいものが触るのです。セエラはこの夢から覚めまいと思って、一生懸命眼をつぶっていましたが、ぱちぱちと火の爆《は》ぜる音を聞くと、眼をあけずにはいられませんでした。眼を開けて見て、セエラはまだ夢を見ているのだと思いました。――
 炉にはあかあかと焔《ほのお》が燃え立っています。炉棚の上には小さな真鍮の茶釜が、ふつふつと煮え立っています。床には厚い緋色の絨毯が、炉の前には、座褥《クッション》をのせた畳みこみの椅子が置いてあります。椅子のそばには白いテエブル掛をかけた小さな食卓が据えてあって、茶碗や、土瓶や、小皿や、布《きれ》をかけた料理のお皿などが並べられてあります。寝台の上には温かそうな寝衣《ねまき》や、繻子の羽根蒲団がかけてあります。寝台の下には、珍らしい綿入れの絹の服や、綿の入ったスリッパや、小さな本などが置いてあります。それに、テエブルの上には、薔薇色傘のついた明るいラムプが点っているのです。セエラは、夢の国から妖精の国に来たのではないかと思いました。
「消えてなくなりもしないようだわ。こんな夢って、見たこともないわ。」
 セエラは、しばらく寝台の上に肱をついて、部屋の中を見ていましたが、やがて、夜具を押しのけて、足を床に下しました。
「夢を見ながら、床《とこ》から出て行くのだわ。このままであればいい。私はこれがほんとなのだと、夢見ているのだわ。夢じゃアないと、夢の中《うち》で思っているのだわ。魔法にかかった夢のようだわ。私も何だか魔法にかかっているようだわ。きっと私はただ見えると思ってるばかりなのよ。いつまでもそう思っていたいわ。でも、どうでもいいわ。どうでもいいわ。」
 セエラは、燃え立つ火の前に跪いて、火に手をかざして見ました。火に手を近づけすぎたので、熱さのあまり飛びさがりました。
「夢で見ただけの火なら、熱いはずはないわ。」
 セエラは飛び上って、テエブルや、お皿や、敷物に手を触れて見ました。それから、寝台の毛布に触ってみました。柔かな綿入の服を取り上げて、ふいに抱きしめ、頬ずりしました。
「温かくて、柔かだわ。本物に違いないわ。」
 セエラはその服をひっかけて、スリッパを穿きました。それから、よろよろと本の所へ行き、一番上の一冊を開いてみました。
『屋根裏部屋の少女へ、友人より』
 扉にそう書いてあるのを見ると、セエラはその上に顔を伏せて、泣き出しました。
「誰だか知らないけど、私に気を付けて下さる方があるのだわ。私にも、お友達があるのだわ。」
 セエラは蝋燭を持ってベッキイの所に行きました。ベッキイは眼を覚して、緋色の綿入服を着たセエラを見ると、吃驚《びっくり》して起き上りました。昔のままのプリンセス・セエラが立っていると、ベッキイは思いました。
「ベッキイ、来て御覧なさい。」
 ベッキイは、驚きのあまり口を利くことも出来ず、黙ってセエラに従いました。ベッキイはセエラの部屋に入ると、眼が廻りそうでした。
「みんなほんとなのよ。私、触って見たのよ。きっと私達の眠っている間《ま》に、魔法使が来たのね。」

      十六 お客様

 それから、その晩二人はどうしたか、出来るなら想像して御覧なさい。
 二人は火のそばに蹲って、料理皿にかけた布《きれ》をとって見ました。お皿の中には、二人で食べても食べきれないほどのおいしいスウプや、サンドウィッチや、丸麭麺《マッフィン》などが入れてありました。ベッキイのお茶碗はないので、洗面台のうがい茶碗を使うことにしました。そのお茶のおいしさといったらありませんでした。これが、お茶でない何かほかのもののつもり[#「つもり」に傍点]になどはなれないくらいでした。二人は餓《うえ》も寒さも忘れ、すっかり楽しい気持になりました。
「一体、誰がこんなにして下すったんでしょう? 誰かいるのにはちがいないわ。私を想ってて下さる方があるのだわ。ねエ、ベッキイ、その誰かは、きっと私のお友達なのよ。」
「あの――」と、ベッキイは一度口ごもってからいいました。「あの、お嬢さん、これみんな、融《と》けてってしまうんじゃアない? 早く片付けてしまった方がよくはない?」ベッキイは急いでサンドウィッチをほおばりました。
「大丈夫よ。私もさっき夢じゃアないかと思って、その火に触ってみたのよ。」
 おなかが一杯になると、セエラは、一人ではかけきれないほどある毛布を、ベッキイに分けてやりました。ベッキイは帰りしなに振り返って、貪るように室内を見廻しました。
「お嬢さま、これが皆朝になって消えちまっても、とにかく今夜だけはちゃんとあったんだから、私決して忘れないわ。」ベッキイは忘れまいとして、もう一度煖炉や、ラムプや、寝台や、床《とこ》を眺めまわしました。それから、ちょっと自分のお腹の上に手をおいて、
「こん中には、スウプに、サンドウィッチに、丸麭麺《マッフィン》が入って行ったんだわ。」と、それだけは確かそうにいいました。
 朝になると、生徒も、召使も、いつの間にか昨夜《ゆうべ》の騒ぎを知っていました。皆は、セエラがどんな顔をして出て来るだろうと、待ちかまえていました。
 セエラは皆の眼を避けて、真直《まっすぐ》に流し場へ行き
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