から。」
セエラは寝台の上で肩を夜具に包み、膝を抱えて、血腥《ちなまぐさ》いフランス革命の話を始めました。アアミンガアドは眼を見張り、固唾をのんで耳を傾けました。怖いようでしたが、同時にまたぞっとするような面白さもありました。ロベスピエルのこと、ラムバアル姫のことなど、忘れようと思っても、忘れられなくなりました。
二人は、父のセント・ジョン氏に、セエラに話してもらって憶える計画を、正直に打ちあけることにきめました。で、本は当分セエラの所に置くことにしました。
セエラは話している間も、倒れそうに空腹でした。アアミンガアドが帰ってしまったら、ひもじさのあまり、眠られなくなりはしまいかと思いました。いつもは、そんなことに一向気のつかないアアミンガアドも、ふとセエラを見てこういったくらいでした。
「私、あなたぐらいに痩せたいと思うわ。でも、今日はあなたいつもよりも痩せて見えるわね。眼もいつもより大きいようだし、肱のところには、とがった骨が出ているわ。」
セエラは、自然にまくれ上った袖口を、引き下しました。
「私、小さい時から痩せてたのよ。そして、大きな緑色の眼だったのよ。」
「私、あなたのその不思議な眼が好きなの。どこか遠いところを見ているようで、とてもいいわ。その緑色がとてもいわ。でも、たいていは黒いように見えるのね。」
「猫の眼なのよ。でも、猫のように暗いとこまで見えるわけじゃアないのよ。見えるかと思ってやってみたけど、駄目だったわ。暗くても見えるといいわね。」
ふと、天窓の上にかすかな音がしました。二人とも見ずにしまいましたが、黒い顔が天窓に現れて消えたのでした。
「今の音は、メルチセデクじゃアないわね。何かが石盤瓦《スレエト》の上を、そうっと擦って行くような音だったわ。」
耳の早いセエラは、そういいました。
「何でしょう? まさか、泥棒じゃアないでしょうね。」
「まさか。盗んで行くものなんか、何もないじゃア――」
といいかけた時、また何か物音がしました。今度は二階で、ミンチン先生が怒鳴っている声でした。セエラは寝台から飛び降りて、火を消しました。
「先生は、ベッキイを叱ってるのよ。」
「ここにやって来やアしない?」
「大丈夫。寝たと思ってるでしょう。でも、じっとしていてね。」
ミンチン先生は、屋根裏まで上って来ることなど、めったにありませんでした。が、今夜は立腹のあまり、中途までぐらいは上って来ないとも限りませんでした。それに、ベッキイを小突きまわしながら、あとから上ってくるような気配さえしました。
「嘘つき! 料理番の話だと、なくなったのは今日ばかりじゃアないそうじゃアないか。」
「でも、私じゃアございません。私、お腹はすいてたけど、そんな、そんな――」
「監獄に入れてやってもいいくらいだ。盗んだり、つまんだり。肉饅頭《ミイト・パイ》を半分も食べちゃったんだね。」
「私じゃアないんですってば! 食べるくらいなら、皆食べちまうわ。――でも私、指一つさわりゃアしなかったんだわ。」
そのパイは、ミンチン先生が夜おそく食べようと思って、とっておいたものでした。先生は息を切らして階段を上りながら、ぴしぴしベッキイを打っているようでした。
「嘘なんかつくな。たった今、部屋に入ってしまえ。」
戸がしまって、ベッキイが寝台に身を投げる音がしました。彼女は泣きじゃくりながらいいました。
「食べる気なら、二つぐらい食べちまうわ。一口だって食べやしなかったのに。料理番が、あの巡査に食べさしたんだわ。」
セエラは真暗な室内に立ったまま、歯をくいしばり、手をさしのべて、掌《てのひら》を開いたり握りしめたりしていました。もうじっとしてはいられないという風でしたが、でも、ミンチン先生が降りて行ってしまうまでは、身動きもせずにおりました。
「ずいぶんひどいわ。料理番はベッキイに自分の罪をなすりつけてるのよ。ベッキイはつまみ食いなんかするものですか。あの子は、時々ひもじくてたまらなくなると、塵溜《ごみため》からパンの皮を拾って食べてるくらいだけど。」
セエラは両手をひしと顔に押しあてて、欷歔《すすりな》きはじめました。セエラが泣くとは――アアミンガアドは、何か今まで気のつかなかったことに気のついた気がしました。ことによると――ことによると――彼女の親切な鈍い心の中に、恐ろしい事実がようよう姿を見せはじめました。彼女は手さぐりでテエブルの所へ行き、蝋燭に火をつけました。灯がともると、身をこごめて気づかわしげにセエラを見ました。
「セエラさん、あの――あなた、一言も話して下さらなかったけど、あの、失礼だったら御免なさい――でも、あなた、ひもじいんじゃなかったの?」
「ええ、ひもじいのよ。あなたにでも食いつきたいほどひもじいのよ。それに、ベッキイの泣声を聞くと、よけいひもじくなってくるの。あの子は私よりもひもじいのよ。」
「あら、私、ちっとも気がつかなかったなんて!」
「私も、あなたにさとられたくなかったのよ。あなたに知られると、私乞食になったような気がするからいやだったの。もう見たところは乞食も同じですけどね。」
「そんなことないわ。着物はちょっと変だけど、乞食になんて見えるものですか。お顔が第一、乞食とは違うわ。」
「いつか私、小さい男の子から施しを受けたことだってあるのよ。」セエラは自分を蔑《さげす》むように笑って、衿の中から細いリボンを引き出しました。「ほら、これよ。私の顔が物欲しそうだったからあの坊ちゃんもクリスマスのお小遣を、下さる気になったのよ。」
その銀貨を見ると、二人は眼に涙をためながら、笑い出しました。
「その坊ちゃんて、だれなの?」
「可愛い坊ちゃんだってよ。大屋敷の子供の一人で、足がまるまるしてるのよ。きっとあの子は自分は贈物やお菓子の籠をたくさん持っているのに、私は何一つ持っていそうもないと思ったのね。」
アアミンガアドは、[#「は、」は底本では「、は」]ふと何かを思いついて、ちょっと飛び下りました。
「セエラさん、私莫迦ね、今まであのことに気がつかないなんて。」
「あのことって。」
「いいことなの。さっき伯母様から、お菓子の一杯つまった箱が届いたのよ。私お腹が一杯だったし、本のことで悩んでいたので、手もつけずにおいたの。中には肉饅頭《ミイト・パイ》だの、ジャム菓子だの、甘パンだの、オレンジだの、赤葡萄酒《あかぶどうしゅ》だの、無花果《いちじく》だの、チョコレエトだのが入ってるのよ。私ちょっと取りに行ってくるわ。ここで食べましょうよ。」
セエラは食物《たべもの》の話を聞くと、思わずくらくらしました。彼女はアアミンガアドの腕にしがみついて、
「でも、行って来られる?」といいました。
「来られるわよ。」アアミンガアドは戸の外に頭を出して、耳をすましました。「燈火《あかり》はすっかり消えてるわ。皆もう眠っちゃったのね。だから、そっと誰にもわからないように、そっと這って行って来るわ。」
二人は手をとりあってよろこびました。セエラはふと、また眼をきらめかせていいました。
「アアミイ! ね、またつもり[#「つもり」に傍点]になりましょうよ。宴会だってつもり[#「つもり」に傍点]にね。それからあの、隣の監房にいる囚人も御招待しない?」
「それがいいわ。さ、壁を叩きましょうよ。看守になんて聞えやしないでしょう。」
セエラは壁ぎわに行って、四度壁を叩きました。
「これはね、『壁の下の脱道《ぬけみち》より来《きた》れ、お知らせしたいことがある』という意味なの。」
向うから五つ打つ響がありました。
「ほら、来たわ。」
戸があいて、眼を紅くしたベッキイが現れました。彼女はアアミンガアドがいるのを知ると、気まり悪そうに前掛で顔を拭きはじめました。で、アアミンガアドはいいました。
「ちっともかまわないのよ、ベッキイ。」
「アアミンガアドさんのお招きなのよ。今いいものの入った箱を持って来て下さるんですって。」
「いいものって、何か食べるもの?」
「そうなの。これから、宴会のつもり[#「つもり」に傍点]を始めるの。」
「食べられるだけ食べていいのよ。私、すぐ行って来るわ。」
アアミンガアドはあまり急いだので、出しなに赤いショオルを落しました。誰もそれには気がつかないほど、夢中でした。
「お嬢様、すてきね。私を招くようにあの方に頼んで下すったのは、お嬢様でしょう? 私それを思うと、涙が出て来るわ。」
その時セエラは、眼にいつもの輝きを湛《たた》えながら、辛かった一日のあとに、ふいにこんな愉快なことが起ったのを、不思議に思い返していました。何か救いが来るものだ、まるで魔法のようだと、彼女は思いました。
「さ、泣かないで、テエブルを整えることにしましょう。」
セエラはうれしそうにベッキイの手を握りました。
「テエブルを整えるって? 何を乗せればいいの?」
セエラは部屋の中を見廻して笑いました。テエブル掛も何もあるはずはありません。ふと、セエラは赤いショオルが落ちているのを見つけて、それを古いテエブルの上に掛けました。赤は非常にやさしく、心を慰める色です。テエブルに赤いショオルが掛ると、部屋の中は急にひきたって来ました。
「これで、床に赤い敷物が敷いてあったら、すてきだわね。敷物のあるつもり[#「つもり」に傍点]になろう。」セエラが床に眼を落すと、そこにはもうちゃんと敷物が敷いてあるのでした。
「まア、何て厚くて、柔かなのでしょう。」
セエラはベッキイの方に笑顔を向けながら、さも何か敷物でも踏むように、そっと足を下しました。
「ほんとに柔かね。」と、ベッキイも真顔でいいました。
「今度は何をしましょう。じっと考えて待っていると、何か思いつくものだわ。魔法の神様がそれを教えてくれるのだわ。」
セエラのよくする空想の一つは、家《うち》のそとでいろいろの思いつきが呼び出されるのを待っているというのでした。セエラがじっと立って何を待ち設けているのを、ベッキイはよく見ました。セエラはいつものようにしばらくじっと立っていましたが、やがてまたいつものように、明るい笑顔になりました。
「そら来た。私、何をすればいいか判ったわ。私が宮様《プリンセス》時代に持っていた、あの古鞄《ふるかばん》をあけてみましょう。」
鞄の隅には小さな箱があり、その中に小さな手巾《ハンケチ》が一|打《ダース》入っていました。セエラはそれを持っていそいそとテエブルの方に走って行き、レエスの縁がそり返るように工夫して、赤いテエブル掛の上に並べました。並べる間も、彼女は何か魔法に動かされているようでした。
「そこにお皿があるの。黄金《こがね》のお皿よ。それから、このナプキンには手のこんだ刺繍《ししゅう》がしてある。スペインの尼さんが尼寺の中でした刺繍なのよ。ほら、目に見えて来るでしょう。」
セエラはまた鞄の中から、古い夏帽子を見附け出し、飾《かざり》の花を引きはがして、テエブルの上に飾りました。
「いい匂がするでしょう。」
セエラは夢の中の人のように、幸福そうな微笑《ほほえみ》をたたえながら、石鹸皿を雪花石膏《アラバスタア》の水盤《すいばん》に見たてて、薔薇の花を盛りました。それから毛糸を包んだ紅白の薄紙で、お皿を折り、残った紙と花とは、蝋燭台を飾るのに用いました。セエラは一歩退いて、飾られたテエブルを眺めました。そこにあるのは、赤い肩掛をかけた古テエブルと、鞄から出した塵屑《ごみくず》とだけでしたが、セエラは魔法の力で、奇蹟が行われたのを見るのでした。ベッキイまで、そこらを見廻していうのでした。
「あの、これが――これが、あのバスティユ?――何かに変ってしまったの?」
「そうですとも。饗宴場《きょうえんじょう》に変ったのよ。」
その時戸が開いて、アアミンガアドがよろよろと入ってきました。彼女は肌寒い暗闇の中から、すっかり飾られた部屋に入って来ると、思わず声をあげました。
「セエラさん、あなたみたいに何でも上手な方は見たことないわ。」
「すてきでしょう
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