、彼女の顔は蒼白く、眼のまわりには黒いくまが出来ていました。セエラは、今まで苦しみぬいたこと、いまだに悲しくてならないことを、人に見破られるのがいやなので、きっと口をしめて我慢していました。さっきの薔薇色の胡蝶《こちょう》とは別人としか思われませんでした。
セエラはマリエットの助けも借りず、古い天鵞絨の服を着て来たのでした。その服はもう小さすぎるので、短い裾の下に出たセエラの細い脚が、よけいに細く長く見えました。黒いリボンがなかったので、短い黒髪が蒼ざめた頬に乱れ落ち、頬の色をよけい蒼白く見せていました。セエラはエミリイをひしと抱いていました。エミリイも何か黒いものを着ていました。ミンチン先生はすぐそれを見とがめていいました。
「人形なんか、下にお置きなさい。何のために人形なんか持ってきたのです?」
「下に置くのなんかいやです。このお人形だけは私のものです。お父様が私に下すったのですから。」
ミンチン先生はセエラに何かいわれると、いつも妙にいらいらして来るのでしたが、今もこうきっぱりいわれると、何か御しがたいような気がして、落ち着いていられませんでした。殊に今日は、酷《むご》い人間らしくないことをしようとしているだけ、何か気がとがめるのでしょう。
「もうこれからは、人形どころのさわぎじゃアないのだよ。お前は働かなければ――悪い所を直して、役に立つような人間にならなければならないんだよ。」
セエラは、大きな眼でミンチン女史を見つめたまま、一言も口をきかずに立っていました。
「もう、アメリアさんから聞いて知っているだろうが、何もかも、今まで通りだと思ったら大間違いだよ。」
「よくわかっています。」
「お前は乞食なんだ。身よりはないし、世話をしてくれる人なんて、一人もないのだからね。」
セエラはちょっと痩せた小さい顔を顰《しか》めました。が、やはり何ともいいませんでした。
「何をそうじろじろ見てるんだよ。乞食になったってことがわからないほど、莫迦でもあるまいにね。もう一度いってきかしてあげようか。お前はみなし子で、私がお慈悲で置いてやらない限りは、誰もかまってくれるものはないのだよ。」
「わかってます。」
セエラは低い声でいいました。何か喉に詰っているものを呑みこもうとしているようでした。ミンチン先生は、すぐそこに置きすてられてあったお誕生祝いのお人形を指していいました。
「その人形も――その莫迦々々しい人形のお金を払ったのも、私なんだ。」
セエラは椅子の方に顔を向けて、「最後の人形、最後の人形」と、思わず口の中でいいました。
「最後の人形だって? まったくだよ、この人形は私のものだ。お前の持ってるものは、何もかも私のものなのだよ。」
「じゃア、どうか、そのお人形を持ってらしって下さい。私、そんなもの要りません。」
セエラが喚いたり怯えたりしたら、ミンチン女史はセエラをもう少しは劬《いたわ》ってやったかもしれません。女史は人を支配して、自分の力を試してみるのが愉快だったのでした。が、セエラの凛とした顔を見、誇《ほこり》のある声を聞くと、自分の力が空しく消えて行ったような気がして、口惜しくなるのでした。
「勿体ぶった様子なんかおしでないよ。もう、お前は宮様《プリンセス》じゃアないのだからね。お前は、もう、ベッキイと同じことさ。自分で働いて、自分の口すぎをしなければならないのだよ。」
意外にも、セエラの眼には、ふと輝きが――救いのかげが浮んで来ました。
「働かして下さいますの? 働けさえすりゃア、何もそう悲しかアありませんわ。何をさして下さいますの?」
「何でも、いいつけられたことをするんだよ。お前はよく気のつく子だから、役に立つように心がけるのなら、ここに置いてあげてもいいと思うのだよ。フランス語もよく出来るのだから、小さい人達のおさらいもしてあげられるだろう。」
「おさらい、させて下さいます? 私、フランス語なら教えられると思いますわ。小さい人達は私を好いて下さるし、私も小さい人達が好きですから。」
「人が好いてくれるなんて、莫迦なことをおいいでない。小さい人達のおさらいをするほか、お前はお使いに行ったり、お台所の手伝いをしたりしなければならないのだよ。私の気に入らないことでもあったら、すぐ逐い出してしまうから、そのつもりでおいで。じゃア、向うへおいで。」
そういわれても、セエラはまだちょっとの間、ミンチン先生を見つめていました。幼い心の中で、セエラはいろいろのことを考えていたのでした。やっと立ち去ろうとしますと、
「お待ち!」と先生はいいました。「私に、ありがとうございます、という気はないのかい?」
「何のために?」
「私の親切に対してさ。お前に家庭《ホーム》を恵んでやる親切に対してさ。」
セエラは小さい胸を波
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