立てながら、二三歩先生の方に進み出ました。
「先生は、御親切じゃアありません。それに、ここは家庭《ホーム》でも何でもありません。」
 いいすててセエラは、駈け出しました。ミンチン先生はそれを止める術もなく、憤《いか》りのあまり石のように立って、セエラを見送るばかりでした。
 セエラは、落ち着いて梯子を登って行きましたが、息はきれるばかりでした。彼女はエミリイをしかと脇に抱きしめていました。
「この子に口がきけたら――物がいえさえしたら、どんなにいいだろう。」
 セエラは自分の部屋に行き、虎の皮の上に寝ころんで、炉の火に見入りながら、考えられるだけいろいろのことを考えてみようと思っていました。が、まだ彼女が二階へ登りきらないうちに、アメリア嬢がセエラの部屋から出て来ました。嬢はぴたりと戸をしめ、戸の前に立ち塞って、気づかわしげな顔をしました。嬢は、姉にいいつけられたことをするのが、うしろめたくてならないのでした。
「もう、ここへ入ってはいけないのですよ。」
「入っちゃアいけないのですって?」
 セエラは一歩あとじさりしました。アメリア嬢は少し紅くなって、
「ここは、もうあなたのお部屋じゃアないのですよ。」といいました。
「じゃア、私のお部屋は、どこなの?」
「今晩からあなたは、屋根裏の、ベッキイのお隣の部屋に寝るんですよ。」
 セエラは、かねてベッキイから聞いていたので、その部屋がどこにあるか、よく知っていました。セエラはくるりとうしろを向いて、二つ続いた梯子段を登って行きました。二つ目の梯子は狭くて、きれぎれな古絨毯《ふるじゅうたん》が敷いてあるばかりでした。セエラはそこを登り登り、今までの――今は自分とも思えぬ昨日までの、あの幸福な少女の住んでいたところから、ずっと遠くの方へ去って行くような気がしました。小さすぎる古い服を着て、梯子を登って行く今の少女は、事実昨日までのセエラとは別人になっていました。
 屋根裏の戸を開けた時には、さすがに侘しい気がしました。が、セエラは中に入ると、戸に寄りかかって、そこらを見廻しました。
 まったく、これは別な世界です。天井は屋根の傾斜で片方が低くなっていますし、壁は粗末な白塗です。その白塗も、もう薄汚くなっていて、はげ落ちているところさえあります。錆のふいた煖炉《だんろ》、それからこちこちな寝床。階下《した》の部屋には置けないほど使いふるした椅子、テエブル。明りとりの天窓《ひきまど》には、物憂い灰色の空がのぞいているばかりです。その下に、こわれた紅い足台があるのを見つけて、セエラはそこに腰を下しました。セエラは膝の上にエミリイを寝かし、両手で抱きながら、エミリイの上に自分の顔を伏せて、しばらくじっと坐っていました。
 ひかえめに戸を叩く音がして、戸の間に泣き濡れたベッキイの顔が現れました。ベッキイは、さっきから泣きづめに泣きながら、前掛であまり眼をこすったものですから、すっかり顔が変っていました。
「お、お、お嬢様、ちょっと、あの、ちょっと入っちゃアいけませんか。」
 セエラは、ベッキイに笑ってみせようとしましたが、どうしても笑うことが出来ませんでした。が、ベッキイが心から悲しんでいるのを見ると、セエラは急に子供らしい顔になり、手をさしのべて、しくしく泣き出しました。
「ベッキイちゃん、いつか私あなたに、私達は同じような娘同士だといったことがあるでしょう。ね、嘘じゃアなかったでしょう? 二人の間には、もう身分の違いなんてないんですもの。私は、宮様《プリンセス》でもなんでもなくなってしまったのよ。」
 ベッキイは駈けよって、セエラの手をとり、自分の胸におしあてました。ベッキイは欷歔《すすりな》きながら、セエラの傍《かたわら》に跪いていいました。
「お嬢様は、どんなことが起ったって、やっぱり宮様《プリンセス》よ。何が起ったって、どうしたって、宮様《プリンセス》以外のものにはなるもんですか。」

      八 屋根裏にて

 セエラはいつまでも、初めて屋根裏に寝た晩のことを忘れることは出来ませんでした。夜もすがらセエラは、子供にしては深すぎる、狂わしい悲しみにひたされていました。が、セエラはそのことを誰にも話しませんでした。また話したとて、誰にも解る悲しみではなかったでしょう。セエラは、寝られぬ夜の闇の中で、ともすると、寝慣れぬ堅い寝床や、見慣れぬあたりのものに心を煩《わずら》わされました。が、それはかえって彼女の気をまぎらしてくれたようなものでした。そんなまぎれがなかったら、セエラは悲しみのあまりどうなったかわからなかったでしょう。
「パパは、おなくなりになったのだ。パパは、おなくなりになったのだ。」
 寝床に入ってしばらくの間は、そのことばかり考えていました。寝床が堅いと気のついたのは、寝
前へ 次へ
全63ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
バーネット フランシス・ホジソン・エリザ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング