してきたのはベッキイでした。ベッキイは泣き声を出すまいと耐《こら》えていたので、真紅《まっか》な顔をしていました。
「あのう、御免下さい。私悪いとは思ったのですけれど。でも、私、お人形を見ていたんですの。そこへ、奥様が入っていらしったので、私|吃驚《びっくり》して、この中に隠れてしまったんですの?」
「じゃアお前は、そこで初《はじめ》っから立ち聞きをしていたわけだね。」
「いいえ、奥様。立ち聞きするつもりなんぞありゃアしません。見つからずに逃げ出せるものなら、逃げ出そうと思ったのですけど、とても駄目だと思いましたから、仕方なしに、ここに隠れていたんです。立ち聞きなんてするつもり、ちっともなかったんですけど、でも、聞えたんだから仕方ありません。」
ベッキイは、おそろしい奥様が目の前にいるということも忘れたかのように、わっと泣き出しました。
「お、お、奥様。わたし叱られると知っても申さずにはいられません。わたし、あのセエラ様がお可哀そうで、お可哀そうで――」
「出て行きなさい。」
「ええ、まいります。でも、ちょっとわたし奥様に伺いたいことがあるんでございますの。セエラ様は、あんなに御不自由なく暮しておいでだったのに、これから、女中なしではどうすることも出来ないでしょう。ですから、もしなんでしたら、わたしにお勝手の御用がすんだ後で、あの方の御用をしてあげさせて下さいませんか。出来るだけ早く片付けますから。」ベッキイは更にすすりあげながら、「奥様、セエラ様は、お可哀そうでございますわね。宮様《プリンセス》とさえいわれてらしったのに。」
ミンチン先生はベッキイにこういわれて、なぜかよけいに腹を立てました、小使娘の分際で、セエラの肩を持つなんて怪《け》しからん。――するとミンチン先生は、初めてはっきりと、セエラなんかちっとも可愛くなかったのだという事実を悟ったような気がしました。先生はがたがたと床を踏み鳴しながらいいました。
「あの子の用をしてやることなんて、断じて許さないよ。あの子には自分の用はもちろん、ほかの人の用までさせなければならないのだから。」
ベッキイは前掛で顔を隠しながら、逃げて行きました。
「まるで、何かのお話の中のようだわ。あの辛い世の中に追い出される不幸な宮様《プリンセス》のお話そっくりだわ。」
* * *
* * *
それから二三時間たつと、セエラはミンチン先生の所に呼び迎えられました。その時の先生は、今までにないほど冷かな、無情な顔をしていました。
もうその時セエラには、あのお誕生日の宴会は夢としか――あるいはずっと昔生きていた、誰か別の少女の生涯に起ったこととしか、思えませんでした。
その間に教室や、先生の居間はすっかりいつものように片付けられてしまいました。先生はじめ生徒達は、平常《ふだん》の着物に着かえてしまいました。少女達は教室のそこここにかたまって、ひそひそと囁き合ったり、昂奮して話し合ったりしていました。
ミンチン女史が妹に、セエラを呼んで来いといった時、アメリア嬢はこういいました。
「お姉さん、あの子はずいぶん変ってる子ね。この前クルウ大尉が印度へ発った時もそうでしたが、今度も私が事の次第をいってきかすと、あの子はただ黙って、私の顔を見つめているんですの。あの子の眼は見る見る大きくなって、そして顔色は真蒼になって来ました。そうしてちょっとの間立ったままでしたが、わなわなと顎がふるえ出したと思ったら、ふいにくるりとうしろを向いて、部屋を飛び出して行ってしまいました。ほかの子達がかえって泣き出しましたけれども、セエラは子供達の泣声になどは耳も藉《か》さない風でした。あの子はまるで生きている以上、こんなことになるのがあたりまえだ、というような顔をしていました。あの子が何にもいってくれないので、私は変な気持になって困りました。誰だって、ふいにあんなことをいわれれば、何とかいわずにはいられないはずですものね。」
セエラが、二階の部屋の中で何をしていたか、セエラ以外には誰にもわかりませんでした。セエラ自身も、その時はほとんど夢中でした。ただ彼女は、しきりに部屋の中を歩き廻って、「お父様はおなくなりになったのよ。お父様はおなくなりになったのよ。」と、自分にいい聞かしていたのは憶えています。そういう声も自分の声とは思えないほどでしたが、一度などは椅子の上からじっとセエラを見守っているエミリイの前に立って、狂わしそうにいいました。
「エミリイちゃん、お前わかって? パパがおなくなりになったの、わかって? パパはね、遠い遠い印度で、おなくなりになったのよ。」
セエラが呼ばれてミンチン先生の部屋に来た時
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