私はこの際どうすることも出来ません。こんなことになって、お気の毒とは存じておりますが。」
「それで、私にあの娘をおしつけたおつもりなら、大間違いですよ。私は泥棒にあったのだ、欺《だま》されたんだ。あの娘は、おもてに追い出してやるばかりだ。」
 バアロウ氏は、平然と戸口に立っていいました。
「私なら、そんなことはしませんな。世間の眼によく見えるはずはありませんからね。この学校に関して悪い評判がたつばかりでしょうからね。それよりもいっそ、あの子を養っておいて、役に立てたらいかがです。なかなか利口な子だから、大きくなりさえすれば、あの子からうんとしぼれますぞ。」
「大きくならないうちにだって、うんとしぼりとってやるから。」
「確かにしぼれるでしょう。では、さようなら。」
 バアロウ氏は、皮肉に笑ってお辞儀をしながら、戸を閉めて去りました。ミンチン女史は、しばらく突っ立ったまま、閉された戸を睨んでおりました。男のいったことはほんとうだと、彼女は思いました。もうどうすることも出来ないのです。今まで一番大事な生徒だったセエラは、いきなり乞食娘になってしまったのです。今までセエラのために立てかえたお金は、もう戻してもらう術《すべ》もないのです。
 ふと、宴会場にあてたミンチン女史の部屋から、わっという歓声が聞えて来ました。この宴会だけでも中止して、そのために使ったお金を取り戻そうと、女史は思いました。が、女史がその方へ立ちかけたとたんに、アメリア嬢が戸を開けて入って来ました。アメリア嬢は姉のただならぬ様子を見ると、思わずあとじさりしました。
「姉さん、どうしたの?」
 姉は、咬《か》みつくような声でいいました。
「セエラ・クルウはどこにいる?」
「セエラ? セエラは子供達と一緒に、姉さんのお部屋にいるのにきまってますわ。」
「あの子は、黒い服を持ってるかい?」
「え? 黒い服?」
「たいていの色の服は持ってるようだけど、黒いのはあったかしら、というんだよ。」
 アメリア嬢[#「アメリア嬢」は底本では「サメリア嬢」]は真蒼《まっさお》になりました。
「黒いのはないでしょう。あ、あるわ。でも、あれはもう丈が短すぎるわ。古い黒天鵞絨の服で、あの子が小さい時着ていたのですわ。」
「あの子にそういっておくれ、早くその大それた桃色の服を脱いで、短くても何でも、その黒い服を着ろって。いい着物どころの騒ぎじゃアないんだから。」
「まア姉さん、何事が起きたの?」
「クルウ大尉が死んだのさ。一文なしで死んじゃったのだよ。あの気まぐれな我儘娘は、私の居候になったわけさ。」
 アメリア嬢は、手近の椅子にどかりと腰を下しました。
「莫迦々々しい。私はあの子のために何千円ってお金を使ってしまったんだよ。もう一銭だって返しちゃアもらえないんだ。だから、早くあいつのお誕生祝いなんか止めてしまわなければ。すぐ着物をきかえろっていっておくれ。」
「あの、あたし、もう少したってからじゃアいけません?」
「たった今行って話せといってるんだよ。何だい、鵞鳥みたいな眼つきをしてさ。早くおいでったら。」
 アメリア嬢は、鵞鳥と呼ばれることには慣れきっていました。鵞鳥みたいな人間だからこそ、いやなことばかりいいつけられるのだと、自分でも思っていたくらいでした。でも、子供達のよろこんでいる最中《さなか》に出て行って、その会の主人公であるセエラに、お前はもう乞食になり下ったのだ、父の喪のためちんちくりんの黒い服に着かえなければいけない、というのは、何だかいやでなりませんでした。
 アメリア嬢は眼の赤くなるほど、手巾《ハンケチ》でこすると、黙って姉のいる部屋から出て行きました。妹が出て行ってしまうと、ミンチン先生は、思わず大きな声で独言《ひとりごと》をいいながら、部屋の中を歩き廻りました。この一年間、ダイヤモンド鉱山のことは、ミンチン女史にいろいろの未来を想わせていたのでした。ダイヤモンド鉱山の持主が助けてくれれば、株でお金を儲けることも出来ると思っていたのでした。が、今はお金儲けの代りに、自分がセエラのために使って失くしたお金のことを考えなければならないのでした。
「ふん、セエラ女王殿下か。あいつは、まるで女王《クウィン》ででもあるかのように、したい放題にふるまっていたのだ。」
 そういいながら、女史は腹立たしげに、部屋の隅にあるテエブルの傍《かたわら》を掠め過ぎようとしました。と、テエブル掛のかげから、急に欷歔《すすりなき》の声が響き出て来るのに吃驚《びっくり》して、思わず一|歩《あし》身《み》をひきました。
「どうしたというんだろう。」
 すすり泣く声がまた聞えたので、女史は身をかがめて、テエブル掛を捲り上げました。
「こんなところで、立ち聞きしていたな。さっさと出ておいで。」
 這い出
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