カアマイクル氏は、小声で紳士に、
「この子を怯えさせちゃアいけませんよ。」と耳打ちしました。それから、声を改めてセエラにいいました。
「じゃア、そんなわけで屋根裏にやられ、小使にされてしまったのだね。そういうわけだったのだね。」
「誰も、面倒をみて下さる方がなかったものですから。お金はちっともありませんでしたし、私は、もう誰のものでもなかったのです。」
「お父さんは、どうしてお金を失くしたのだね?」
 印度紳士は、息をのみながら口をはさみました。
「御自分で失くしたわけじゃアないんですの。仲のいいお友達があって――お父様は、その方がそれはお好きでしたのよ。お金を取ったのは、その方なの。お父様は、その方を信じすぎたものですから。」
 印度紳士の息づかいは一層|忙《せわ》しくなりました。
「でも、その友人には、何も悪気があったわけじゃアないのかもしれんよ。何かの手違いからそんなことになったのかもしれんよ。」
 セエラはそれに答えた時、自分の声がどうしてこんなに激《げき》しているのか、不思議なくらいでした。激して響くと知っていたら、病気の紳士のためにも、どうかして押し静めようとしたにちがいありません。
「どのみち、お父様にとって、苦しみは同じことでしたわ。お父様は、その苦しみのためにお亡くなりになったのですもの。」
「お父さんの名は何ていうのだい? え?」と、印度紳士は訊ねました。
「ラルフ・クルウって名ですの。クルウ大尉ともいわれていました。亡くなったのは印度ですの。」
 病人のやつれた顔が痙攣《けいれん》しました。ラム・ダスは急いで主人のそばへ飛び寄りました。
「カアマイクル君、これがあの子だ。この子にちがいない。」
 セエラは、紳士が死ぬのではないかと思ったほどでした。ラム・ダスは主人の口に薬を注ぎました。セエラは、そのそばにふるえながら立っていました。彼女はたまげたようにカアマイクル氏を見上げました。
「私が、何の子だと仰しゃるの?」
「この方は、あなたのお父様のお友達なのですよ。びっくりしちゃアいけません。我々は二年の間、あなたを探し廻っていたのですよ。」
 セエラは手を額にあてました。唇はわなわな顫《ふる》えていました。セエラはまるで夢の中にいるように思わず囁きました。
「それなのに、私はその二年の間、壁のすぐ向う側の、ミンチン女塾にいたのだわ。」

      十八 「つもりはなかった」

 委《くわ》しい話をセエラにしてくれたのは、美しい、感じのいいカアマイクルの奥様でした。カアマイクル夫人は招《よ》ばれるとすぐ、街を横切って印度紳士の家に来、セエラをその暖かい腕に抱《いだ》きとって、これまでのいきさつを細かに話してくれたのでした。カリスフォド氏は、この思いがけない出来事に昂奮して、病気のからだに障るほどでした。
「私は誓って、あの子を手放したくない。」
 身体に障るといけないから、セエラを別室につれて行こうという話が出た時、カリスフォド氏は力なげに、カアマイクル氏にそういいました。
「この方のお世話は、私がしてあげてよ。」と、ジャネットはいいました。「もうじき、お母様も入らっしゃるでしょう。」
 ジャネットは、セエラを書斎から伴れ出すと、こういいました。
「あなたが見付かって、私達はうれしくてたまらないのよ。どんなにうれしがってるか、あなたにはとてもおわかりにならないくらいよ。」
 ドナルドは両手をポケットに入れて立っていました。彼は省みて自分を責めているようでした。
「僕がお金を上げた時、ちょっとあなたの名前を訊きさえしたらよかったのにね。あなたはきっとセエラ・クルウだと答えたでしょう。そうすれば、あなたを探す世話もなかったのに。」
 そこへ、カアマイクル夫人が入って来たのでした。夫人はひどく感動しているようでした。彼女は、ふいにセエラを抱きしめて接吻しました。
「嬢やは、すっかりたまげているのね。でも、驚くのに不思議はありませんわね。」
 セエラは、何といわれても、次の一事よりほか考えられませんでした。彼女は閉った書斎の扉の方をちらと見ていいました。
「あの方ね、あの方が、お父様のその、悪いお友達だったの? ほんとうにそうなの?」
 カアマイクル夫人は泣きながら、またセエラに接吻しました。この子は永いこと接吻などされたことはなかったのだから、何度も何度も接吻してやらなければならない、と夫人は思いました。
「あの方は、決して悪い方じゃアなかったのですよ。あの方は、あなたのお父様のお金を、失くしてしまったわけではないのですよ。ただお失くしになったと思っただけなのですよ。それに、あの方はお父様を愛していらしったからこそ、悲しみのあまり御病気になって、一時は気さえ確かではなかったほどなのですよ。あの方も、熱病で死にそ
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